ACECOMBATSISTER
shattered prinsess
エースコンバットシスター シャッタードプリンセス
ミッション13 放たれた矢〜BREAKING ARROWS〜 さくねぇはみんなが思っているよりもずっと弱い人間だった。 一見すると、明るくて頭が切れて、しかも面倒見が良いっていう完璧な人間に見えなくもない。けれど、ボクはそれが本当のさくねぇじゃないって知っていた。 本当は・・・たぶん甘やかすよりも甘える方が向いている・・・臆病な普通の女の子なんだと思う。 けれど、たまたま戦争の才能が他の人よりもあったのが不幸で、たまたま東西に生き別れになったお兄さんが東日本のエースパイロットになっていたのが不幸で、さらにたまたま、その恋人を殺してしまったことが不幸だった。 偶然の一致。 端的に言い表せば、きっとそういうことになる。 けれど、ボクは神様の悪意を疑わずにはいられない。こんな偶然なんてあっていいわけがない。少なくともさくねぇが何かの罰を受けなければならないような罪深い人間であるはずがない。 正直、気分が重い。ドアノブに伸ばした手はもう30分も宙を掴んで、そこから一歩も進めないでいた。 今更何を迷うのか。もう3日も迷って、後悔して、罰を受ける覚悟もしてきたのではなかったのか。弱気になっている自分を叱った。それでも、ドアをノックするのに随分と時間がかかった。 「さくねぇ、入るよ」 鍵はかかっていなかった。 ドアは異様に重い。いや、違う。ドアはアルミ製の簡素のものだった。ただ、自分がそう思い込みたいだけなのだ。 けれど、それでも、道は前にしかない。 扉の向こう、部屋の中は暗かった。 当然だった。昼間というのにカーテンが閉めてある。おまけに今日は朝からずっと曇りで、昼間だというのに夜のように暗い。 昏い闇がそこだけには滞っているような、空気の停滞を肌に覚える。 「・・・」 部屋の中はまるで台風の通り過ぎたあとのようだった。 いつもならキレイに整頓された部屋は見る影も無い。投げ出されたフライトスーツや乱暴に放り捨てられたシーツ、床に散乱した書類は埃をかぶっていた。 まるで痛めつけられたさくねぇの心そのもののような、そんな荒廃した心象風景。破壊されつくした何かの残骸のような、そんなイメージ。 「さくねぇ・・・」 最初はそれが床に捨てられたヌイグルミか何かだと思った。その前はベッドから崩れ落ちたシーツか何かだと思っていた。 けれど、ボクの言葉にぴくりと反応して動いたそれは・・・部屋の暗さに目が慣れると人の形をしているのが分る。 ゴミの山に埋もれるようにして、さくねぇはベッドに体を横たえていた。 顔色は尋常ではない。夜だったら、幽霊と見間違えるだろう。 事実、暗い部屋の中で白すぎる肌がぼんやりと暗闇に浮かんで、幽玄の美とも言えなくもなかった。 「衛ちゃんなの・・・」 「そうだよ、さくねぇの相棒だよ。さあ、フライトの時間だよ」 ボクは慎重に、さくねぇを脅えさせないように手を差し出した。 以前、軍医が診察しようとして聴診器を当てようとしただけで暴れだしたことがあるので、一挙一動全てに気を使う必要ある。 「ねぇ、衛ちゃん。明日ね、お兄様がプロミストパークに連れて行ってくれるって約束してくれたんだよ」 けれど、さくねぇはボクの手すら見ていなかった。 視線はどこまでも虚空を彷徨っていた。光を失った、ガラス玉のような瞳。力なく投げだれた体。いつも丁寧に手入れしてあった髪はざんざらにほどけて埃をかぶっていた。 それはまるで、飽きられて捨てられた人形のような、めちゃめちゃにされた人間の残骸のような。 逸れていく視線をボクは苦労して戻す。 「衛ちゃん・・・いっしょにジェットコースターに乗ろうね」 さくねぇはボクに笑顔を向けてくれた。 けれど、その瞳にはボクは映っていない。 映っているのは、夢の中にいるボク。プロミストアイランドというさくねぇの夢の中に出てくるボクだろう。亞里亞ちゃんや四葉ちゃん、他に聞いたこともない人たちがさくねぇの血のつながらない姉妹で・・・12人の姉妹とさくねぇのお兄様が幸せに暮らすという・・・狂った夢。 現実が辛すぎて、夢の中に逃げ込んでしまったさくねぇ。 さくねぇは強い。こと戦闘に関してはもう右にでるものは見つけられない。けれど、心はガラスのように脆いのだ。ナイーブなんて言葉では足りないほどに。圧倒的な強さに隠れて見えなかった弱さが噴き出して、さくねぇは夢に沈まなければ自分を守ることさえできない。 そして、もう自力で浮上することが出来ないほど弱っていた。 「着替えよう、それからお風呂に入ろう。髪もお手入れしないと」 髪に触れようと伸ばしたボクの手は、さくねぇの平手の前にあえなく叩き落された。 「さわらないで!」 叩かれた手の甲が赤く痺れていた。 痛い、大したことのないはずなのに、心がつぶれそうなくらいに痛い。 「これからお兄様とデートにいくのよ。汚い手で触らないで!」 「汚くなんかないよっ!どうして、そんなことを言うの!?今のさくねぇの方がよっぽど汚いよ!」 かっとなって怒鳴ってしまう。 今のさくねぇにとって、それがどれだけ危険なことなのか分っているはずなのに、自分が抑えられなかった。 怒鳴られたさくねぇは一瞬だけポカンとした顔していた。それも直に泣き顔にとって代わられる。 危ない、と思った時には、さくねぇの平手打ちが飛んできていた。 「あ・・・」 赤くはれ上がったボクの頬を見上げて呆然とするさくねぇ。 見る間に顔から血の気が引いていく。 「ごめんなさい。こんなつもりじゃなかったの・・ごめんなさい、ごめんなさい。嫌いにならないで、お願いです。嫌わないでください・・・」 この豹変ぶりを見ているだけで、腫れた頬の痛みさえ忘れてしまう。 今度は哀れみを請うように取り縋るさくねぇ。 夢の中に埋没して、すぐに感情を爆発させる。そして、誰かが自分から離れていくのを見ると取り縋って泣く。 あの日からさくねぇはずっとこんな調子だった。 「ううん、いいよ。ボクが悪いんだから」 ボクの胸で泣くさくねぇ、見下ろすボクはさくねぇの重さに死にそうだった。いや、違う。これは罪の重さだ。これからボクが犯す罪の重さ。 そう、ボクは悪い。極悪人だ。吐き気がするほど酷い人間に、これから・・なる。 もしかしたら・・・このままずっと夢の中で生きていた方がさくねぇにとっては幸せなのかもしれない。 だって、現実に戻ってもさくねぇに待っているのは戦争と、お兄さんとの殺し合いなんだから、夢の中にいた方がずっと良いに決っている。戦争が終わるまで夢の中にいれば、これ以上辛い想いをしなくて済む。 さくねぇがいなくても戦争は終わるし、そうしたらさくねぇのお兄さんと生きて再会することができるかもしれない。 さくねぇのお兄さんは許してくれないかもしれないけれど、それでも兄妹で殺し合いをするよりはずっとマシだと思う。それに、いつか許してもらえるかもしれない。元通りにならなくても、兄妹はまたいっしょに暮らせるかもしれない。 さくねぇが幸せになる方法は幾らでもあった。だけど、ボクがこれからそれを閉ざす。 ボクはさくねぇが好きで、もう一度いっしょに飛びたいと思った。その結果、さくねぇもお兄さんも不幸になるかもしれない。だけど、ボクはさくねぇのことが好きだった。好きな人といっしょにいたいと思うのは間違っているのだろうか?ボクは言い訳をする。相手を不幸にしてしまう想いなんて、ただのエゴでしかないということは分っていて、罪であることも分っていて、それでもボクは・・・さくねぇの夢を壊す。 メビウス1の不在は全軍の士気に関わるなんて、上官の言葉を免罪符にして、ボクは自分のエゴを通そうとする酷い人間だ。 だから・・・謝らないで、さくねぇ。これ以上謝られたら、ボクは罪の重さで死んでしまう。 罰のない罪というのは、なんて酷い罰なんだろうか。ボクはこの仕組みをつくった神様とかいう人の頭のよさに関心した。 「ごめんね、さくねぇ」 ボクは取り縋るさくねぇに気取られないようにポケットへ手を伸ばした。 ポケットにはハンカチが一枚入っている。そのハンカチには誘拐事件でよく使われるある種の麻酔物質がしみこませてあった。 2001年10月6日 鳥取県浦富海岸 「レッド01、海岸線は完全に確保された。送レ」 受話器に向かって機械的に報告を行う部下の仕事を見届け、順調に揚陸作業が進む海岸線を見回して花穂は満足げな笑みを浮かべた。 それに答えるかのように、少佐の階級章がきらりと光る。ついに花穂は少佐へと昇進して、まんまと歩兵1個大隊をせしめたのである。 また、彼女が率いる兵士達の表情も同様に明るい。 あの地獄のような強襲上陸になったバンカーショット作戦に比べて、今回の作戦はまるでピクニックのようなものだったからである。 既に先発の海兵隊が内陸への進撃を開始していたし、重機材を揚陸させられるだけの十分なスペースも確保されている。さらに、あのバンカーショット作戦の時に海岸へ強襲をしかけてきた大規模装甲戦力は影も形の無い上に、制空権は完全に確保されていた。 事実上、無血上陸だったのだ。 空もからりと晴れていて、秋晴れの気持ちのいい天気だ。 「さてさて、東はどうでるかな・・・」 花穂はポケットから一枚の地図を取り出した。夥しい数の書き込みを別にすれば、それは極普通の日本地図だった。花穂は戦争が終わったら本を書くつもりで、戦争が始まってからずっと書き込みを続けていた。一時期は西日本のほとんどが東の日本人の手に落ちていたけれど、九州に関してはもう二度と東日本の記事を書き込むことはないだろう。 九州上陸から始まった連合国軍の反撃はついに中国地方に及び、西日本から共産主義者の軍隊を駆逐しつつあった。 連合国軍の第二期大規模反撃作戦、作戦規模ならバンカーショット作戦を上回るほどの戦力を投入したアイアンフィスト作戦は意外なほどに順調にそのスケージュールを消化していた。 アイアンフィスト作戦は、既に確保されていた下関からの地上反撃の"アイアン"と、鳥取県沿岸の砂丘地帯への強襲上陸作戦"フィスト"から構成される一大包囲作戦である。 下関方面に集中して頑強な防御戦闘を行っている赤い日本の軍隊の背後に一挙に3個師団を上陸させ、事後南下。最終的に神戸市を開放し神戸以西の東日本の地上戦力を包囲殲滅する作戦だった。 大胆といえば、大胆。無謀といえば無謀。けれど、既に制空権を失い日本海の制海権まで失った東日本軍にこの攻勢を防ぎとめる戦力は、少なくとも空と海に存在していなかった。 恐いのは、バンカーショット作戦の時のような大規模装甲戦力の橋頭堡突入だったが、恐るべきレッドスターの装甲戦力は下関方面に集中していることが既に確認されていた。当然だが、それらの戦力が引き返してきても、そのころには連合国軍は磐石の態勢を築いている。 「クリスマスは大阪で迎えられそうだね」 今年のクリスマスまでに大阪を開放できる、と作戦前になんたら大将(名前を忘れた)からの訓示にあった言葉を反芻して、花穂は笑った。 クリスマス! 毎年、日本中のカップルが異常なまでの熱意と物量(お金)で望む、一大頂上決戦作戦だ。カップルの運命はクリスマスに決るといっても過言ではない。クリスマスの前にカップルはなく、クリスマスの後にカップルは出来ると昔の偉い人も言っている。 去年のクリスマスは沖縄で再編成中の中隊の兵士達と迎えた。当然だけれども、ケーキや七面鳥などない。ただ、古参の下士官が複雑奇怪な取引の末に医務室の薬品冷凍保存庫からかっぱらってきたビールだけは豊富にあったけれど。 とりあえず、次のクリスマスはもう少し寒いところで迎えたいものだと花穂は思った。12月でも暖かい沖縄のクリスマスはホワイトクリスマスのような、ロマンチシズムからは程遠い。 「少佐!」 この作戦の前に少佐に昇進したばかりの花穂は少佐と呼ばれるたびに人には言えない、何ともいえない快感に身悶えした。 もちろん、心の中だけであるが。 兵士の声をかき消すように砲声、どうやら戦闘が始まったようだった。 大隊司令部を置いたテントに次々のスタッフが駆け込んでくる。 「状況は?」 「先発の海兵が、戦車を含む中隊規模の戦力と戦闘に入ったそうです!」 「位置は?」 すぐさま兵士の小脇に抱えてきたノートパソコンが開かれ、液晶に映る電子地図を元に詳細な報告がなされる。 ノートパソコンはインターネットによって司令部のセントラルコンピューター、さらに実際に戦闘中の海兵隊ともリンクされリアルタイムで情報が手に入る。消費した弾薬、死傷者数、敵の戦力、エトセトラ。 さらに空中にはE―8J―STARSが常時大出力パルスドップラーレーダーで地上を監視しているはずなのだが、砂漠の中東や平原のロシアならともかく、地形の複雑な日本ではあまり当てにならない。 「敵も必死だね」 花穂が一通りの戦況を把握して飛ばした言葉はそれだけだった。 それだけで十分なほど、敵の行動は単純で分り易かった。少数の兵力が圧倒的な大戦力を前にして出来ることは昔からそう多くない。 内陸の、戦艦の艦砲射撃が届かない、さらに空爆に十分な対抗性を持てる山地を中心に増強中隊程度の歩兵が粘っている。戦車も火点として小隊規模が展開していた。じりじりと後退しながら、海兵の足止めをしている。 こんなところにいるのは後方で警戒や輸送任務についている部隊だろう。前面の敵はルーマニア義勇歩兵大隊とある。まあ、ルーマニアも東側なので分らなくはないが・・・まあ、顔見せレベルの戦力だろう。 しかし、時間稼ぎだけに努力を傾注するのならば兵力の問題はそれなり閑話される。特に指揮官が敢闘精神旺盛だったりすると、やっかいなことになる。 「うーん、前面の敵がルーマニア人・・戦争も国際化の時代だね」 誰にも聞こえないように言って、液晶ディスプレイに視線を戻す。 地図の上にはCGでつくられた戦車や歩兵、そしてたった今沖合いの空母から発艦した攻撃隊がところせましと並んで、赤で表示される敵戦力を包囲しようと動き回っている。 まさにゲームのような戦争。防衛大学時代にルームメイトがやっていた戦略シミュレーションゲームと何も変らない。 けれど、 「まるで、パソコンのゲームのようですね」 と、まだ若い少尉が言う。 馬鹿が、とその場にいる全員が半ば哀れみの篭った視線をその若い少尉へ向けた。まだ学校を出たばかりの、人生のおける本当の知恵を勉強しはじめたばかりの少尉には、その視線の意味が分らない。 花穂は意図的に感情を殺した表情を浮かべ、細い眉を微かに動かした。 それだけで、氷の柱でも背骨に打ち込まれたかのように、若い少尉は体を震わせ始めた。花穂はやり過ぎたと反省して、笑みを浮かべて軽く少尉の肩を叩く。 「ねぇ、少尉」 「な、何でありますか?」 「あのね、知ってる?実弾に当たると死ぬのよ?」 笑顔で告げる花穂と、卒倒する少尉。 気まずいではすまない空気が大隊司令部に充満する。 誤魔化すように声を張り上げて花穂は言った。 「先任!悪いけど・・・彼を病院船に送ってあげて」 「はい、ですが、今後はこのようなことがないように頼みますよ・・・」 古参下士官特有の、不快感を感じさせないふてぶてしい態度で言うと、少尉を引きずって大隊司令部のテントを出て行った。 「こんな、つもりじゃなかったんだけどな・・・」 去っていく先任の背中に花穂は言葉を飛ばして、液晶ディスプレイに視線を戻した。 このままだと、海岸守備に回されている花穂の大隊に出番はない。 それはそれで結構なことだ、と思う。とりあえず、警戒すべきは歩兵の浸透だろう。それには警戒線に展開が有効だ。 さっそく指示を出し、すぐさまそれは司令部のスタッフによって具体化され、具現化する。そうすれば、後は全て自動的に進行していく。 と、言うよりも、もう既に花穂が思いつきそうなことは手配ずみだった。 全て形式上、花穂の指示を聞いているだけに過ぎない。 もちろん、そうであるように訓練してきたのだから、今の状態は理想的とさえ言えるのだけれども、やはり一抹の寂しさは拭えない。 中隊時代は何でも自分の好きなようにやってきたのだけれども、大隊長ともなれば勝手なことはできない。むしろ、デスクワークの方が最近は多くて別の意味で大変だ。 こんなことなら、どっかの大将でも殴って昇進取り消しにしてもらえばよかったと、後悔したところで、電子音。 司令部の空気がざわめいた。 それを敏感に感じとって、花穂は慎重に言葉を整え、送り出した。 「最優先コードだね・・・?」 「はい、全作戦中の部隊にコード・バイオレットが発令されました」 「上には了解と伝えて・・・大丈夫、訓練どうりにやれば問題ないよ」 努めて明るく言う花穂に押されるように、再び司令部スタッフは動き出した。 けれど、その動きは数瞬前とは比べ物にならないほど緊張感に満ちたものだった。 気のせいだろうか、さっきまで鳴いていた虫の音がぱったりと消えていた。浜に打ち寄せる波さえもどこか空疎だ。無理もないと思う。静かな、押し殺した緊張が伝染したのだろう。染み出すような恐怖が胃の辺りをさわさわと撫でている。 花穂は苦虫を噛み潰したような顔で、液晶ディスプレイに点滅し続けているバイオレットの警告サインを消した。 コードバイオレット、それはそのコードを感知できるあらゆる存在への最高レベルの警戒を命令するコードだった。 大仰な前振りだが、内容は単純なワンセンテンスで済む。 即ち、 「NBC無制限戦争か・・・今日、世界は終わるかもしれないね」 届く当ての無い祈りを捧げる敬虔な使徒のように花穂は言った。 この狭い日本の国土では、メガトン級戦略核が4発程度炸裂したら草木一本残らない。 「少佐、神戸方面から多数の巡航ミサイル発射が確認されました。ここは遮蔽十分ではありません。指揮通信車へ移動してください。指揮車には放射線防護設備があります」 「うーん、ここでいいよ。ここが爆心地になるだろうから、指揮車にいても同じだよ。それよりも今は移動する一分でも惜しいしね」 退避を進言してくれた部下は花穂の言葉に敬礼で返した。 敬礼した兵士の顔に表れたものは、尊敬以外の何ものでもなかった。 けれど、それを見た花穂は怪訝な顔をした。当たり前の、極々当然のことを言っただけなのに、何を涙ぐむのだろうか?花穂には理解できなかった。 「ですが、防護服だけは着てください」 それでは指揮車に行くよりも時間を食ってしまうではないかと思ったけれど、花穂はあえて拒否しなかった。申し訳なくなってしまうほど、兵士はぼろぼろに泣き崩れていた。 「・・・分ったよ」 異常に重たい鉛入りのNBC防護服を着せてもらいながらも、花穂はこんなものに何の意味があるのだろうかと考えて自嘲的な笑みをこぼした。 その笑みは、核攻撃を前にして恐怖で顔を強ばらせていた兵士達にとっては奇跡以外の何でもなかったのだが、実際問題として核ミサイルの直撃を受けた場合、防護服など微笑みを誘ってしまうほど無意味だった。 防護服は原子力災害など放射線から身を守るには有効だが、熱線や衝撃波など純粋な物理的破壊力には全く効果がない。それらを防ぐには分厚いコンクリートの張られたシェルターが必要だった。 キーボードを操作して、データーリンクで空軍のAWACSの情報を引き出す。 山を縫うようにして、巡航ミサイルが確実にこちらへ向かって突進を続けていた。沖合いの艦隊はスタンダードを使って迎撃するつもりだろうが、たぶん無理だろう。山が邪魔になってレーダーの死角になっている。同様の理由でこちらのSAMも役に立たない。山陰から巡航ミサイルが顔を出したときには、それはもうボク達の頭の上だ。 山など関係ないほどの高空から見下ろすAWACSだけが正確に巡航ミサイルを捉えていた。空軍の戦闘機が巡航ミサイルの追っている。止められるのは彼らだけだろう。 「神様仏様・・・」 この世のどこかにいるらしい絶対存在に祈りを捧げようとして、花穂は唐突に祈りの言葉を止めた。 バカバカしい、いるかどうかも分らない連中に頼みごとなどナンセンスだ。 それに、神様なんかよりも余程確実にこの世界の危機を何とかしてくれる人間を一人、花穂は知っていた。 「咲耶ちゃん、メビウス1・・・信じてるからね」 花穂はテントを出て、青い空の広がる秋空の見上げた。この空の向こう、高空のどこかを必ず飛んでいるだろうリボン付きの妖精に祈りを捧げるために。 迫り来る圧倒的な死の気配を引き裂いて、必ずメビウスリングを描いた戦闘機が頭上に現れることを花穂は信じて疑わなかった。 突然入った通信に、ボクの意識は秋晴れの空から現実世界に引き戻された。 ストライクイーグルはただ一人、高高度のジェット気流を受けて飛んでいる。 目的はない、強いていうなら飛ぶことが目的だった。さくねぇの目を覚まさせるために、上官はフル装備のストライクイーグルを飛ばすことを許可してくれたのだ。 一回のフライトで使う燃料や整備補修の経費を考えるなら、これは世界一リッチな遊覧飛行と言えた。 「スカイクローバーより、全作戦中の部隊へ。コードバイオレットに続いて神戸方面から多数の巡航ミサイルの発射が確認されマシタ!最優先で迎撃してください」 恐怖に上擦った声で指示を出す四葉ちゃんの声を聞きながら、ボクはサイドスティックを傾けた。MFDを兵装管理モードに切り替えて残弾を確認する。 AIM−9L×4、AIM−120×4。ガンも全弾残っている。テスト信号を走らせて、ミサイルの全てが正常に動作するか確かめる――――問題なし。 機体の調子はいつもとかわりなく最高。完璧な整備がされている。 イーグルに問題は何一つない。 問題があるのはパイロットの方だった。さくねぇの意識が戻らない。 「・・・・・麻酔の量が多すぎたのかな・・・」 そんなことはないはずだった。軍医の山本さんに相談して適量になるように調整してもらったのだ。 とっくの目が覚めていなければならない時間なのに、さくねぇの意識が戻らない。 瞼は、まるで目覚めることを拒否するかのように、固く閉ざされている。 無意識のうちに飛ぶことを拒否しているのだろうか。空にさえ上がってしまえば、さくねぇは元に戻ると思っていたのに。 鳥が羽ばたき方を忘れることがないように、さくねぇがイーグルの飛ばし方を忘れることはないはずだった。けれど、病院のベッドの上では決して思い出せない何かがイーグルの操縦席にあると思っていたのは間違いだったのかもしれない。 詮索するのは後にしよう。今は巡航ミサイルをなんとかしないと、帰る場所がなくなってしまう。 戦術状況ディスプレイに視線を落として、山を縫うようにして進む巡航ミサイルの経路を確認する。AS−15、空中発射型の亜音速巡航ミサイル。性能は西側のトマホークに匹敵する。母機は残念だけど見当たらない、もしかしたら空中発射ではなくて、地上から発射されたものかもしれない。 TSDの中で、CAPの友軍機が巡航ミサイルに向かう。友軍機はF−16Jが8機、矢継ぎ早にアムラームを発射する。ミサイルの残弾が減った数だけ巡航ミサイルは減っていた。 速い、これなら間に合うかもしれない。 後3分でAIM−120の射程に入るけれど、それまでにターゲットが残っているだろうか?まあ、WSOが操縦するようなF−15Eでは戦闘なんて無理だけど。 「さくねぇ、起きなくていいの?全部とられちゃうよ?」 返事はない。 急激な旋回で、意識のないさくねぇはシートからずり落ちかけていた。フライトスーツを引っ張って、きちんとシートへ座らせる。意識がないのに着せたフライトスーツは定まりがわるそうだった。 「本当に、もう飛びたくないの?」 返事はない。 それがさくねぇの答え。 冷静に考えてみれば、錯乱してるさくねぇをコクピットに押し込んだところで、都合よくさくねぇが自分を取り戻すことなんてあるわけない。どうしてボクはそんな根拠のない考えにとりつかれていたのだろうか?必死に思い出そうとして、何も思い出せなかった。思い出せたのは、さくねぇを心配してくれる人達に、みっともなく喚き散らしていた自分だけだった。 ボクは何か勘違いをしていたのかもしれない。一度頭をよぎったそれは、現実に実行力を持って、ガラガラとそれまで信じていたものが壊していく。 この世で誰よりさくねぇのことを知っていると思っていたけれど、現実のさくねぇには何もしてやれず、思い込みだけでさくねぇをイーグルに乗せて、ボクはただ無駄に時間を費やしているだけではないのだろうか? 無力感、脱力感、虚脱感。 今まで意識しないように無視してきたものが一気に押し寄せてくる。 泣かないと決めたのに、ボクは零れる涙を止めることができない。 いい気になっていた。ただ偶然さくねぇの相棒になっただけで、さくねぇのことを誰よりも知っているなんて思い込んで、調子に乗っていた。 カウンセラーの人に、「あなたはさくねぇのことが何も分ってない!」なんて知ったようなことを言った気がする。滑稽だった。誰かに思い切り平手打ちでもしてもらいたかった。その方がよっぽどすっきりするだろう。 「帰ろうか・・・さくねぇ」 心の中にあったはずの、熱い想いは消え失せていた。しょせん、ボクの想いなんて錯覚に過ぎなかったのだ。ボクには何もできない、何もしてあげられなかった。 イーグルは、何かを振り切るように大G旋回。機首を西へ向ける。 それが幸いした。機関砲弾の奔流を、イーグルはフラップ一枚を犠牲にして回避する。 振り返る。そこには魔法のように敵機が現れていた。 STDから友軍機を示すブリップが幾つか消えていた。その代わりに赤いブリップ、敵機だ。黒煙を引いて、炎を纏ったF−16Jが落ちていく。奇襲を受けことに気付くのに、3秒もかかった。 「気をつけろ!敵のVTOLだ」 ミサイルを回避しながら、辛うじて生き残ったエレメントリーダーが叫ぶ。 「くそ、巡航ミサイルが行ってしまうぞ!」 「ケツをとられた。なんとかしてくれ!」 第一撃で半数を撃墜されたF−16Jは不利な戦いを強いられていた。 独特の機体形状を持つ戦闘機が風を切って、F−16Jを追い回している。 Yak−141、NATOコードはフリースタイル。世界初の超音速VTOL戦闘機として開発され、高性能なアビオニクスを有する第4世代型戦闘機。 山間部に無数に存在する高速道路のトンネルはVTOL戦闘機の隠れ家としては最適だった。巡航ミサイルの発射に合わせて、分散配置されたYak−141はSTOL離陸、巡航ミサイルに気をとられているF−16Jの背後を襲ったのだ。 「衛姉チャマ、チェキ6!」 ボクは背後を振り返る余裕もなく、サイドスティックを引き続ける。 いや、引きすぎていた。大Gで意識が遠くなる。ブラックアウト。ボクにはイーグルの飛ばし方が分らない。 イーグルの背後を取ったフリースタイルのパイロットはベテランだった。焦らない、一目で未熟なパイロットが乗っていると分ったF−15Eが自滅するのを待つ。プレッシャーをかけて、大G旋回で相手が疲れるのを待つ。 加減の分らない衛は敵機が接近するたびにブレーク、速度と高度を失っていく。 「メビウス1、なんとかしてくれ!もうダメだ!」 エレメントリーダーは絶望の悲鳴を上げた。 直後、無線にノイズが走って、後には沈黙だけが残る。 ボクは遠い空で赤い炎の華が咲くのを見つけた。 「ごめん・・・ごめん、ごめんなさい・・」 必死に助けを求めているのに、ボクには何もできなかった。 ボクはメビウス1じゃない、って一言いってあげることもできなかった。ボクじゃ全然だめなのに、みんなはメビウス1を求めている。 頭が変になりそうだった。答えてあげることのできない祈りがどれだけ重いか、ボクは思い知った。 通信回線をオープン。 ボク以外の誰もがさくねぇを呼ぶことができるように、その内の誰かがさくねぇを目覚めさせてくれることを祈って、ボクは最後まで諦めないことにした。何もして上げられなかった誰かの断末魔を聞いて、そう決めた。 「諦めるな、メビウス1だ。彼女がなんとかしてくれる」 どこかで、敵に包囲されている兵士が叫んだ。 「くそっ、巡航ミサイルが、メビウス1はまだか!」 PPIスコープの前で、何もできないレーダー員が祈りの言葉と共にその名を紡ぐ。 「嘘でもいい、メビウス1が来ていると言っとけ!」 恐慌状態の兵士を鎮めるために、ある指揮官が嘘をつく。 「誰か頼む!メビウス1をつれてきてくれ!」 ショック症状の断末魔に苦しむ兵士を励ますために、軍医はその名を呼ぶ。 「もう少し待て、メビウス1が必ず来てくれる!」 核戦争を前にして、自殺しようとする兵士を止めるために、誰かがその名を騙る。 「大丈夫だ。メビウス1がいるから大丈夫だ」 どこかの野戦新聞小隊オフィスで、誰かが静かに確信を込めて言う。 「あのイーグルはメビウス1じゃないのか!?」 何も知らないレジスタンスの一人が、暢気に空を見上げて指差した。 「メビウス1だ。メビウス1がいるぞ!」 ある兵士が、その白いメビウスエンブレムを見つけて笑った。 「メビウス1!、メビウス1!」 最後のそれは、原始の祈りにさえ似ていた。 ―――――不意にイーグルが震える。 それは自らを襲う死と破壊に対する脅えなのだろうか。いや、それはありえない。誇り高き鷲の王者に恐怖という概念は存在しない。 で、あるならば、回答は一つしかありない。 それは長く戦列を離れていた主の目覚めに接した、光悦と歓喜に他ならなかった。 メビウス1、スピリット・オブ・ウインドウ。風の妖精が蘇る。 「I have control」 小さく宣言して、ラダーとスロットルを小刻みに調整する。 まだ夢を見ているような、血圧の低い寝起きのような倦怠がある。けれど、それもイーグルの甲高いタービン音を聞く内に醒めて、消えた。 「さくねぇ!」 まるで子犬のように喜ぶ衛ちゃん。けれど、今は相手をしてあげられない。イーグルを降下させる。デッド6のフリースタイルはAA−11アーチャーを放つ。 イーグルの速度は回復していない。チャフとフレアをばら撒きながら、さらにイーグルは降下。高度警告が出る。亜音速、地表まであと3秒。 イーグルは機首を引き起こす。同時にそれはミサイルに対して大きな機体背面をさらすことになる。Yak−141のパイロットは命中を確信した。 だが、イーグルの機動は彼の確信を裏切る。 機首上げから、イーグルはまるでたわめられたバネが弾けるように跳ね飛んだ。予想もつかない方向へイーグルは立ち位置を飛ばす。アーチャーの広角IRシーカーでさえ、その機動は捉えきれなかった。ミサイルは目標をロスト、自爆前に地表へ激突して火球に変る。 ストライクイーグルは反撃に転じる。 低空から恐ろしいまでの鋭角な旋回で、オーバーシュートするYak−141の背後へ回り込む。 敵機は大G旋回で振り切ろうとする。イーグルはロースピードヨーヨー、高度を速度に変換して迫撃する。 フリースタイルのパイロットは流し目でみた背後からイーグルが消えていることに気がつく、けれどRWSはイーグルのAN/APG−70レーダーのパルス・ドップラー波を感知して悲鳴を上げていた。レッドスターのパイロットは見えない敵機に顔を引きつらせた。それも長くは続かない、イーグルが上昇する。パイロットの視界の中にイーグルは戻る。けれど、それは10数秒前に見たそれよりも遥かに近くに見えた。 HUDのピッパーは激しく動揺して、ひとところに留まることはない。HUDがイーグルの速度が時速700キロを超えていることを教えてくれる。安定しないのも無理もないと思いながら、タイミングを読んでトリガーを引く。M61A1がPGU−28焼夷徹甲弾を吐き出す。敵機の主翼が千切れた。 破片を吸い込まないようにイーグルはブレーク。 航空時計を盗み見る。3分半、時間を食いすぎたと反省する。 「・・・夢を見ていたわ」 衛ちゃんが何か言うまえに、私の口は動いていた。 今しか、伝えられないことがあると思ったから。 「夢?」 「そう、夢。幸せな夢だった。楽しかったわ。毎日が小さな幸せに包まれていて、何不自由のない、お兄様といっしょの平和な毎日だったわ」 「じゃあ、どうして帰ってきたの?」 恐る恐る衛ちゃんは訊いてきた。 「何故かな・・・私にも分らないわ」 操縦桿を握りなおす。酷く懐かしい気がした。自分は一体どれだけの間この子と離れ離れになっていたのだろうか。 「でも、誰かに呼ばれた気がするから・・・」 レーダーをスーパーサーチ、ACMモード。兵装をセレクト、AIM−9サイドワインダー。 「それに・・・」 「それに・・・?」 「夢の中で見た空は・・・本物じゃないって、わかっちゃたから」 私は一瞬だけ、瞳を現実から背けた。 そこにはまだ夢の残滓が残っていたから、次に瞼を開けたときにあるのは、どこまでも凍てた高空の空だと知っていたから、瞼に幸せだった夢のカケラを刻んでおきたかった。 今、心のどこかに確かに実っていた小さな赤い実が弾けた。 弾けた果実は長い時間をかけて土に返る。そしてやがて種が芽を出して、また赤い実を実らせるだろう。そして、何時の日かたくさんの赤い実をつけた森が広がることだろう。だって、愛は広がっていくものだから。 けれど今はそんな先の未来のことよりも、破れた私の初恋にありがとうと言いたかった。 そして、 「・・・さようなら」 スロットルをストッパーまで押し込んだ。ミリタリーMAX、アフターバーナーON。 F100―PW―229ターボファンが空を震わせる。 イーグルは飛んだ。遠い空の向こうにいる人への想いを断ち切るように。 「巡航ミサイルは全弾撃墜されました!コードバイオレットは誤報だったそうです!」 興奮して叫ぶ兵士を花穂は片手で追い払った。 兵士はうなずいて笑いながら走っていく。きっと、方々で言いふらして回るだろう。それでいい、幸せは大勢で楽しんだ方が良いに決っている。 「誤報、か・・・」 独り呟いて、花穂は司令部を出た。暫く仕事が手につきそうになりそうにない。 海岸に出ると、完全防護した兵士が走りまわっていた。それも自分のところの兵士ではない。動作もきびきびとしたもので、高度な訓練をされた兵士のそれだ。たぶん、機密度の高いミッションを行う、長偵か、GS(国境警備隊)、GLG(連合陸戦隊)だろう、でも本当のところは分らない。兵士達は階級章も、所属部隊を示すアームシールドも、およそ個人を特定できそうなものを何一つ身につけていない。 浮かれているうちの兵士達を尻目に、次々とLCACに乗せられてあまり見かけない装甲車が上陸していく。 あまり見かけないのは当然だった。それは原子力災害やBC兵器による汚染を除去するために用いられる化学防護車だからだ。 「なるほどね・・・そういうことか」 およその見当がついたので、花穂はそれ以上考えるのをやめた。 誤報が絶対に許されないコードバイオレットの誤報、所属不明の兵士。後からやってきた大量の化学防護車。 多少、事情を知っている人間なら、何が起きたのか直に気がつくだろう。そして、気付いたことをそっと胸の奥へしまうだろう。 世の中には知らないほうがいいことが確かにあるのだ。 つまらない現実から目を逸らして、花穂は空を見上げた。 見上げれば、いつだってそこに空はある。海よりもたくさんの青さを湛えた空に、鰯雲が群れていた。この雲が鉛色に重く沈むころ、雪が降る。 それまでにこの戦争は終わるだろうか、せめて来年の冬までに。 見上げれば、いつだってそこに空はある。けれど、空は人間の想いなんて気にもしない。鰯雲は何か用事でもあるのか、足早に東の空へと去っていく。 風が出ていた。 砂丘の砂を飛ばすには足りない、けれど花穂の髪を弄ぶには十分な風。 風は冬の匂いがした。身を切られるような、酷く切ない冷たさが肌をさして、通り過ぎていく。 それは一瞬の、あまりにも鮮烈で、けれど一瞬で消えてしまう春の淡雪のような、そんな冷たさのある風。 この風はどこから吹いてきたのだろう・・・通り過ぎた風は戻ることは決してない。 「あれはメビウス1なんじゃないのか!」 兵士の一人が空の一点を指差して叫んだ。 確かに戦闘機が一機飛んでいた。大きな主翼、ダークグリーンの迷彩、巨大な双尾翼には鮮烈な白で書かれたメビウスリング。間違いない、F−15Eストライクイーグル。咲耶ちゃんが乗っている戦闘機だ。 ミーハーなメビウス1のファンが手を振る。カメラや望遠鏡まで持ち出す者もいるくらいだ。生写真が闇ルートで違法な高額で取引されているという噂があるけれど、なるほど、この人気ならありえなくもない。 花穂も西へ、赤みさし始めた黄昏の近い空に去っていく友人に手を振ろうとした。 けれど、肩まで上げた手はそのまま元の場所あった場所へ戻っていった。不意に、さっきの風は今や英雄になっている友人から吹き寄せてきたのではないかという考えが想い浮かぶ。 それほどに、去っていくイーグルのタービン音はもの悲しく、茜さすイーグルの主翼は今にも泣き崩れてしまいそうだった。 「咲耶ちゃん・・・」 何かあったのだろうか、花穂はできることなら相談にのってあげたかった。 けれど、飛び去るイーグルは速くて、どんな言葉も届かない。 人の想いを伝えるには、あまりにも空は遠い場所にあった。 その日から幾度かの戦いの後、神戸は解放された。 花穂の歩兵大隊は神戸に一番乗りすることになり、神戸の住民から熱狂的な歓迎を受けることになる。けれど、お祭り騒ぎはもう少しお預けだった。 正確にいうと、それから1ヶ月も先だったのだ。しかも、そのころには神戸は瓦礫の山になってしまっていた。それだけ、東日本軍の攻撃は執拗で、向こうも必死だったことが分る。けれど、最後に勝ったのは花穂達だった。 東西から包囲され広島に押し込められたの東日本軍第6軍救援のために幾度かの突破戦が発起されたけれど、制空権を失った東日本軍には広島あまりにも遠すぎたのだ。ドイツ人義勇兵を中心としたカンプフグルッペ"ハルカ"の突進も、神戸を火の海にしただけで大勢を覆すことはできなかった。 完全に包囲された東日本軍第6軍は来年の2月2日の降伏まで、無意味な、しかし壮絶な死闘を続けることになる。 海、空に続いて陸でも東日本軍は優位を失ったのである。さらに連合国軍は第6軍の救援を不可能にするために攻勢にでることを決定した。 目標は大阪。 緒戦で占領された首都大阪をクリスマスまでに解放するべく連合国軍は動きだした。 作戦名は「SNOW」 花穂陸軍大将著 カワハヤ文庫「ある一指揮官の統一戦争」より抜粋 ミッション12へ戻る 書庫へ ミッション14へ続く |
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