西日本軍の反撃
戦争が始まってから1年半が過ぎ、未だに祖国の大半を赤い日本人に占領されたままだったが、11月を過ぎるころから明るいニュースも増え始めていた。
特に11月に東日本軍の赤衛艦隊が壊滅したことが戦局の重大な転換点になったことは疑いの余地がないことである。
さらに12月に入ると緒戦で損傷した国防海軍の艦艇は続々と戦列に復帰し、彼我の海上戦力は全く逆転してしまった。また、東日本のウルフパックがピークを過ぎたのもやはり12月であった。
我々は海での優勢を獲得しつつあった。では、空の戦いはどうだっただろうか?
そのころ既に私は東日本が戦争に疲れ始めていたことを薄々感じ取っていた。また各種の情報もそれを裏付けるものだった。東日本が空の戦いでも後退を余儀なくされることは経済という観点からして、必然であったと言えるだろう。何しろ彼らは70年代後半以降、東側では常識となった“ペレストロイカ”や“グラスノチ”とは全く無縁の国家なのだから、彼我の経済力の差は概算でさえ5倍近くあると考えられていた。
だが、制空権の決定的な転換点を上げるとしたら・・・それは種子島上空の航空決戦であったと私は確信するものである。
――――石原慎太郎(当時首相)『第二次日本戦争回顧録』より抜粋
ミッション7 ソラノカケラ〜SHATTERED SKIES〜
「派手なことになってるな・・・」
Su−37の広い視界、見上げた広大な南海の空は膨大な数の飛行機雲で一杯だった。優に50機を超える戦闘機が入り乱れて、飛行機雲で思い思いの絵を描いている。
タービンの高周波音が鼓膜を刺激し、幾重にも重なる飛行機雲リングが螺旋を描く、その終わりには黒煙と炎。死者を送る野辺の花のように開くパラシュート。
広大な空の戦場、死神の住処。どこまでも蒼い、空の騎士の墓所。
思わず唾を飲み込んだ。
今だ嘗てない大空戦。イスラエルを滅ぼした第5次中東戦争でイラクへ派遣された時でさえ、こんな大規模な空戦は一度もなかった。
「一体、どこにこんな沢山飛行機があったんだ?」
と、すれ違ったF−16に尋ねてみたかった。
答えが返ってくるとは思わなかったけれど。
無限に広がる空の戦場、その下にあるのは果てしない殺戮の大地ではなくて、ただのちっぽけな孤島とそこにつったっている(ようにしかみえない)宇宙ロケット。
ただそれだけしかない。後はずっと海が続いている。
こんな孤島に100機以上の作戦機を持ち込んで何をやろうかというと、種子島宇宙センターで発射準備の進む偵察衛星を積んだ宇宙ロケットの発射を阻止するのだという。
そんなものは巡航ミサイルにでもやらせればよかろうと思うのだが、それが失敗して航空機を投入し、それがまた失敗してより大規模の戦力を投入し、と雪だるま式に膨れ上がったらしい。
ここでいう雪だるま式とは泥縄式とも表現できるだろう。頭痛が疼く。
どっちにしろ、不利な戦いを強いられていた。相手は万全の準備を整えて、こちらは碌な準備もなしに消耗戦に引き込まれている。
既に今日は五回目のフライト。疲労で頭の回りが悪いが、体に染み付いたマニューバーがジェラルミンとチタン合金の鶴を導いていく。
2機は一瞬ですれ違う。エンジンを吹かしていたので、速度は音速を超えていた。相対速度はマッハ2を超えるが、尾翼に描かれたエンブレムまでキレイに見て取れた。
見たことの無い部隊番号、新設の部隊だろう。相手はルーキーだが、容赦はしない。
黄色いSu−37はクイックロールからの高速スプリットS、相手の死角に潜りこむ。
F−16は右急旋回で回り込もうとするが、水平面にスーパーフランカーはいなかった。F−16の特徴的な滑らかなブレンデッドウイングを見上げながら、上昇右旋回で背後へつく。F−16から見れば、突然Su−37が現れたようにしか見えない。
F−16のパイトットは必死に振り切ろうとするが、最初の右急旋回が大胆なマニューバーに必要なエネルギーを奪いさっていた。
Su−37もそれについては同じだったが、スプリットSは高度を速度へ変えられる。エネルギーは十分だった。
OEPS−27IRSTを作動、パッシブロック。一切のレーダー波を出すことなくSu−37はF−16をロックオン。広い主翼からR−73アーチャーが火薬カートリッジの力で打ち出される。
F−16は回避を試みるが、遅い。無闇に苛立ちを覚える。
「さっさっと避けろ!」
アーチャーは難なく追尾。アクティブレーダー近接信管が作動、ミサイル爆発。
衝撃波がF−16の滑らかな主翼を叩き折り、飛び散ったスプリンターがジェラルミンの切り裂く。機体を分解させながら、F−16は炎上。
パイロットの脱出はない、ミサイルの直撃だ。大して苦痛もなく死ねるだろう。
今日8機目の撃墜。だが、確信は持てない。乱戦でスコアの確認はほとんどできなかった。
計器板の航空時計に目を落とす。交戦から撃墜まで2分弱、平均的なタイムだと言える。だが、それにしても一方的過ぎる。
もちろん、相手に撃たせないことが自身の安全を確保する最良の手段であることは承知しているが・・・納得できないものがある。
あのパイロットを誰が教育したのかは分からないが、そいつは頭がどうかしていたのだろう。どう考えても戦場に出していいレベルではない。
苦虫を噛み潰し、突然の警告音に振り返る。
F−18が2機、背後に取り付いていた。
警報を鳴らしているのはN012小型レーダー、巨大なテイルコーンに装備された後方警戒用レーダーである。探知距離はおよそ30キロ。だが、カタログデータでしかない。
「なるほど・・・」
度胸は認めてやってもいいかもしれない。
少なくともアメリカのお古のF−18CでSu−37に挑むのは途方もない勇気が必要だ。いや、それとも・・・ただ単に馬鹿なだけだろうか。
どちらにせよ、分のいい勝負ではない。
Su−37はコナーベロシティを守って右旋回。黄色く塗った左主翼の翼端が微かにヴェィパーを引く、陽光を黄色に塗った垂直尾翼が鈍く反射する。垂直尾翼には黄色で13。
全長22メートル、全幅14メートル。Su−37の巨大な機体からは想像もつかないほどの機敏な旋回。直角に旋回したのではないかと、目を疑う。
2機のF−18Cも右急旋回で追尾する。だが空に残ったコントレールからして、両者の旋回性能は隔絶していた。
そして、もう一つ。Su−37にあってF−18Cにないものがある。
それは、背後を守る信頼できる相棒。
右急旋回中、左にひらいた機体背面、パイロットの足元に相当するという絶対的な死角。白く塗った機体背面に鈍い衝撃音と同時に大穴が開く。
GSh−301、30ミリ機関砲の弾幕射撃。秒間70発のAO−18炸裂・徹甲弾は40ミリ以上の戦車の上面装甲すら貫徹する。
ベリーサイド、90度オフセットからのビームアタック。
まともに弾幕を浴びたF−18Cは全身を砕かれて炎上、逃れたもう一機も2機のSu−37相手に戦いを挑むほど無謀ではなかった。垂直降下で離脱を図る。
黄色の13も、救援にきた黄色の4も、それをあえて追おうとはしなかった。
「サンキュー、千影」
「あぶないな・・・もう少し遅かったら・・・・どうするつもりだったんだい?」
「大丈夫さ、千影は遅れたりしない」
「一度・・痛い目にあわないとわからないんだね・・・13」
「いや、じゅうぶん痛いぞ。腰と誰かさんが引っ掻いた背中が」
「・・・・」
無線の向こうで耳まで真っ赤にする千影の顔が目に浮かんだ。
いつまで経っても初々しいままで、どうにも悪戯心が抑えられない。このままだとSに目覚めてしまいそうだ。頬が緩むのを抑えられない。
言葉を続けようとして、横合いから遮られる。
「おい、黄色が煙を噴いてるぞ!誰がやったんだ!?」
悲鳴に近い歓呼、一瞬だけで途切れる。どうやら敵味方の無線が混線しているらしい。この蜂の巣を突いたような空戦を見れば、むしろ当然とも言える。
首を回して、2基のサチェルン・リューリカAL−37FU推力偏向エンジンが健在であることを確かめた。一応の安堵。
「すまない、隊長。被弾した。誰か、今俺を撃った奴を確認してくれ」
空電が混じる無線から聞こえる声は黄色の7だった。
血液の代わりにケロシンが血管に流れているような猛者だったが、どうやら猿も木から落ちるらしい。
眼下を、エンジンから煙を噴いた黄色いSu−37がよろけながら飛んでいく。さっそく、死肉に群がる蝿のように西日本軍機が集まる。
間違ってはいないが、癪に障った。
「くそったれめ!」
パワーダイブ、NIIP(ソ連科学研究所)N011Mフェイズド・アレイ・レーダーを作動させる。
これでレーダー波を感知した敵機のレーダー警戒受信機が悲鳴を上げるはずだった。
思惑どおりにロックオンされると誤解して、敵機は逃げ散る。だがまだ諦めきれないように遠巻きにしていた。
「すまない・・隊長」
「気にするな。離脱を援護する」
それにしても、誰が7に一発かましたのだろうか?気になる。
「リボンのエンブレムが付いた奴だ。さっき7とやりやってるのを見たぞ」
これも馴染みのある声、黄色の5がタイミングよく疑問に答えてくれた。
「リボンのエンブレム・・だと?」
どこかで聞いたことがあるような気がした。
あれは確か・・・
「・・・往生際が悪い」
千影がぼそっと呟く。
それで完全に思いだす。あれは数ヶ月前、佐世保へ向かう輸送船団を襲った攻撃隊を蹴散らした時のこと。一目散に逃げていく敵機の中で一機だけ、勇敢な奴がいた。
そして、確か・・・千影に撃墜されたはずなのだ。
「生きていたのか・・・」
どうやって、あの嵐から生還したのだろうか?それとも撃墜したのはこちらの早とちりだったのか、どっちにしろリボン付きの戦闘機は戦空へ舞い戻ってきたのだ。
ただ逃げ惑うだけの幼子から、黄色中隊の一人に一太刀浴びせられるだけのツワモノになって――――リボン付きは帰ってきた。
妙に心が騒いだ。知らない間に頬が緩む。何故だろうか、酷く嬉しかった。
まるで音信が途絶えて久しい旧知と再会を果たしたかのように、こみ上げる喜びを押さえられない。
「今度こそ・・・息の根を止めてあげるよ」
「ダメだ、千影。7の援護を優先する。俺一人ではカバーできない」
一人でリボン付きへ向かおうとする千影を押し留める。
敵機の数があまりにも多すぎる。7を援護しながら自分の身も守らねばならないのだ。一人では無理がありすぎる。
「だけど・・・」
「なぜリボン付きに拘る?千影、何かあるのか」
「・・・・」
千影は答えない。ただ、静かに元どおりに守備位置へ戻った。
釈然としないものはある。だが、深く聞いても答えは得られない気もした。何故かは分らない。だが、沈黙に深い拒絶を感じる。
思考を遮るように警報。後方に敵機が回りこんできていた。
「くそっ!」
言いようの苛立ちを覚えて、サイドスティックを乱暴に押し倒した。
跳ね飛ぶようにSu−37は上昇。敵機を振り切る。
真っ直ぐに垂直上昇、そして急降下。上昇の頂点で一瞬だけ重力から体が解放される。視線は敵機を追って彷徨う。
どこまでも青い空と海、地平線が無ければどちらが空か海か分らなくなりそうだった。
『海が青いのは空の青さが映ってるからさ』
と、不意に脳裏に過ぎる言葉。アレはいつのことだろう・・・
そもそも誰に言ったのだろう。分らない、思い出せない。だが、酷く懐かしい気がした。とても大切なことを忘れていた気がする。
そして、今も忘れているような気がした。
大Gに軋む首を回して、遠ざかりつつあった戦空を見渡した。リボン付きの戦闘機を探すために。もちろん広大な空からは見つけ出すことなど出来ない。
ただ延々と飛行機雲、雲のループと青空、アフターバーナーの煌きとミサイルの爆炎。他には何も見つけられない。
それが、まるで雑踏の中に不意に見つけた旧知を見失ってしまったかのようで、酷く哀しかった。
「ほんと、派手よね」
イーグルの広い視界。種子島上空、といっても小さな島だから直に通り過ぎてしまう。
どこまでも青い海と空が広がっていた。地平線が無ければ、どっちが海か空か分らなくなりそうだった。
子供のころ、お兄様が海が青いのは空の青が映っているからさ、と言っていたけど、それは本当のことだと思う。海は遥か彼方まで澄んでいた。これなら空の全てを写してしまえるだろう。
「姉や、凄いの〜!」
「よしてよ、ただのマグレなんだから」
亞里亞ちゃんの歓声、かなり照れくさい。
「いいや、運も実力の内だ。見事だった」
「ケンソンは日本人に美徳だぜ、でもスゲエよ!」
「よく頑張った。感動した!」
次々にお褒めの言葉を頂いてしまう。
ちょっと油断していた黄色中隊の一機に至近弾を浴びせただけなのに、えらい騒ぎになっている。
改めて、黄色中隊がどれだけ凄い連中なのか実感した。ちょっとしたアイドルよりも知名度は高そうだ。ほんの掠り傷でこの騒ぎなんだから。
「それにしても、敵機が対地兵装を持ってない、全部制空戦闘機。一体何を考えているのかしら・・・」
「そうデスね〜爆装してる敵機は一機もないみたいデス・・・」
と、不安げに四葉ちゃん。一流の状況分析能力を持つ名管制官でも相手の思惑を読みきれないらしい。
では、私にも分らない。分らないことは考えない。余計な思考は排除するに限る。
慎重に周囲を警戒しながら、地上に視線を走らせた。
高度3000メートルから見下ろせば、種子島宇宙センターなんてちっぽけなものだけど、その中でも一際存在感を示すのが宇宙ロケットだった。
アトラスU、アメリカ製の偵察衛星を弾頭に抱いた平凡な宇宙ロケット。本当はH2ロケットを飛ばしたいけれど、生産設備がないので今回は米国製になったという。
本土奪回のための情報収集に、偵察衛星をなんとしても打ち上げなければならない。その為に西日本軍は100機の作戦機を投入していた。
ちなみに、米国での打ち上げは拒否されたらしい。アメリカは第三次世界大戦が余程怖いのだろう。考えは分らなくは無いが、裏切られたという思いはある。
どうでもよいことを考えているうちに、敵機が迫ってきていた。
「このっ!」
操縦桿を押し倒す。A型よりも推力の向上したF−15C、その最新モデルが私の操縦に従ってコントレールを引きながら右急旋回。
ストーンヘンジの砲撃で大破したF−15Aに代わって、私はF−15Cへ乗り換えていた。性能は格段に向上している。特にエンジンと電子兵装は段違いだった。
F100−PW−229ターボファンエンジン、イーグルの新しい雄たけびは力強く鼓膜を打つ。以前のF100−PW−100よりも格段に推力は向上している。
敵機も右旋回からのアプローチ、すれ違い、切り返す。
シーザス機動。鋏の刃のようにイーグルとMig23は行き違い、すれ違う。
イーグルはクイックロールからのバレルロール、飛行距離を稼いでMig23の背後へ潜りこもうとする。
イーグルはMig23を跨ぐようにしてバレルロール、フロッガーの無骨な機体を眼下に納めて右から左へすれ違う。
予測したとおりに、Mig23の単発排気ノズルが目の前にあった。
レディ・ガン―――アクション。
「スプラッシュ・ダウン・バンデット」
20ミリ機関砲弾の奔流を受けたフロッガーは一瞬身もだえするように震えると、黒煙を噴きながら落ちていった。
破片を吸い込まないようにイーグルは右旋回。
随分あっさりと撃墜できた。最近は未熟なパイロットが多い。
教育に時間が掛けられないのは分るけれど、もう少しなんとかならないだろうかと思う。
徒然な思考を遮るように、四葉ちゃんから無線。
「北からTu−22Mバックファイア6機が高速接近中デス!発射場にたどり着く前に撃墜してください!」
「なるほどね・・・」
何となく東日本の思惑は読めた。
大量の戦闘機で制空権を、それがダメなら爆撃機を攻撃できないように攪乱しておいて、一気に大型爆撃機で発射場を破壊しようという作戦だろう。
彼我の条件が同じなら、たぶん上手くいく。最低限度、状況が5分であればいいからだ。完勝は難しいが引き分けなら簡単だろう。
だが、今回は条件が違いすぎる。
西日本は空母部隊が種子島沖に控えて補給と整備を受ける体制を整えているのに対して、東日本ははるばる九州から飛んでこなくてはいけない。
どちらが有利かなど子供でも分る話である。
イーグルは空母に降りられないけれど、補給に沖縄へ戻る間は空母の艦上機がカバーしてくれる。ローテーションを組めばいつでも戦闘機が空に上がっている状態をつくることだってできた。
西日本の作戦勝ちと言える。
「全管制官へ、打ち上げ最終チェックを急げ。発射6分前」
雑音、周波数が違う無線が混じる。
下の宇宙センターの無線だろう、意図しているのか、それとも偶然だろうか。
どっちにしても時間がなくなってきた。
「メビウス1、ミサイルチェキ!」
ミサイル警報が鳴る。爆撃機を守るために護衛のフランカーが長距離ミサイルを発射。
歯軋り、数はこちらが多いけれど、フランカーの長槍は有象無象関係なしに迫りくる。
HUDに視線を重ねた。表示された相対距離は80キロ、せっかくの新装備であるAI
M−120AMRAAMの出番はない。
仕方なく、いつももどおりに目を凝らしてミサイルを探す。
そんな不甲斐ないイーグルに見せ付けるように、F−14Jがミサイルを放つ。
「俺に任せろ!」
F−14JトムキャットのパイロンからAIM−54フェニックス長距離AAMが火薬カートリッジの力で撃ち出される。
撃ちだされたフェニックスは僅かに機体と並走、すぐさまロケットモーターから勢いよく白煙を引いてトムキャットを追い越し、Tu−22Mを目指す。
フェニックスは4発。
一発120万ドルのミサイルが4発、百万ドルの夜景など霞んでしまう。
Tu−22M、Su−27は慌てて回避に入る。ミサイル警報が途切れた。セミアクティブレーダー誘導のR−27ERは母機の誘導を失って明後日の方向へ飛んでいく。
トムキャットに感謝しつつ、アフターバーナーを押し込む。
Tu−22Mは6機、フェニックスは4発。引き算をすれば結果は明白だから、残りの2機は私が貰う。
フレア・チャフが煌くなか、フェニックスは目標を見失うことなく殺到する。アクティブレーダー近接信管が作動、60キロHE連続ロッド弾頭を起爆した。
爆速は秒速9000メートルを超えて、バックファイアの長大な主翼を叩き折り、垂直尾翼が根元から吹き飛ばされる。スプリンターの破片が膨大な推力を発生させていたNK−22ターボファンエンジンを焼けた鉄くずへと変えた。
それでも数秒は何事もなかったようにTu−22Mは飛行を続け、どこかユーモラスな機首を海面に激突させた。
マッハ1.2で飛ぶバックファイアにとって、柔らかい南国の海はコンクリートと同じぐらいに触れてならないものだった。
硬い水面に機首を突っ込ませたバックファイアはつんのめるようにして、前転。全長42メートルの巨大な爆撃機が一瞬だけ、倒立を決める。Tu−22Mは慣性の法則に従って亜音速で機体上面から海面に叩きつけられる。
水柱、微かに炎と黒煙。
楽に30メートル以上ある水柱の中にバックファイアは消えた。
MFD(多機能表示装置)の電子戦表示から4機のシンボルが消える。
「グッド・キル!」
鮮やかにTu−22Mを4機討ち取ったF−14J、出番がないのが少しさびしいけれど、仕方がない。
生き残ったバックファイア2機はまだ諦めないのか、低空を直進する。
再度、ミサイル警報。護衛のフランカーは仕事熱心だった。だけど、こっちのAMRAAMも射程内に入っている。VSDのインレンジ・シグナルが点灯。
APG−70レーダーはTWSモード、8目標を同時にロックオン。
単音の電子音が長い長音に変わった。ロックシュート灯が点灯、兵装投下ボタンを短く4連打。
「フォックス3、フォックス3!」
ようやく出番となった4発のアムラーム中距離AAMが火薬カートリッジの力で機体背面から打ち出される。
ミサイルはぐっと一度沈み込み、ロケットモーターに点火。
本体の倍以上の加速炎を引いてミサイルは飛翔する。薄く黒煙、ほとんど煙は見えない。
イーグルはミサイルを見送ることなく、回避運動へ入る。まだミサイル警報は鳴っていた。
この距離なら、おそらく飛んでくるミサイルはAA−12、アムラームスキーと揶揄されるソ連製の最新型中距離AAM。
機動性は本家のアムラームよりも高かったりする。
AN/ALQ−135B、最新鋭のECMが全力で電波妨害を行う。次々に周波数を切り替えミサイルの誘導をジャミングする。
ECMはスイッチを入れてしまえば後はすることがない。残りのカードの中で頼れるものはイーグルの機動性と二つの目だけ。
まだ視界内にミサイルはいない、だけどミサイル警報だけは五月蝿く鳴り続ける。これでは幽霊に襲われるのと大差ない。
言葉にできない悪寒を飲み込んで、ハーフロール。変則的なスプリットS、スライスバックへつなぐ。
90度オフセットのビーム機動。HUDを睨んでミサイルと90度を保っているか確かめる。アフターバーナーは全開、燃料流入計が跳ね上がる。
高度が下り、速度が上がる。ビーム機動を続ける、大Gで肺が潰れる。息苦しい。
酸素不足になりがちな頭は胡乱、一体こんな苦しいことを何故しているのか分らなくなることもしばしば、勝手にミサイルを撃ちあって、それを勝手によける。一体何が楽しいのだろうか?
まるで、ありもしない幽霊に襲われて、効きもしない御祓いに大枚をはたいているような、すごくバカバカしい気分。
酷いやるせなさを感じる。目には見えないミサイルと目には見えない電波の戦い。
それでも、大G旋回の圧迫と背筋を伝う汗はどこまでもリアルだった。
唐突に、ミサイル警報が途切れる。
イーグルは私の知らない間に危機を脱したらしい。
同時に、
「メビウス1、ゲット・バックファイア!」
「って言われてもね」
聞こえない程度に独り言。
はっきりいえば、実感など全くない。スパローはまだセミアクティブだったせいか、自分が誘導しているという感覚があるけれど、撃ちっ放しのAMRAAMはそれが酷く乏しい。最近分りかけてきた手ごたえというものがないのだから、褒められるのは複雑な思いである。褒めるならミサイルを褒めてやったほうが良いと思った。
「まったく・・・おりこうさんだね」
犬なら褒めれば顔くらい舐めてくれるだろうが、ミサイルは暴発するかもしれないので、褒めるのはやめておこうと思う。
「何か言ったデスか?姉チャマ」
「ううん、なんでもないよ。それより打ち上げまであと何分?」
「ロケットの発射までは・・・後1分デス」
「オーケーとりあえず、勝ったのかな?」
「はいデス〜」
適当に話を流しながら、イーグルの機体を反転させた。、
随分と島から離れてしまったので、宇宙センターは見えない。
だが、ここからなら宇宙へあがるロケットが見えるかもしれない。バックファイアを撃墜されて、敵機は引き上げ始めていた。見物する余裕はある。
あたりには誰もいない。回避運動の間にずいぶんと遠いところまで来てしまったらしい。だが、急いで戻る気にもなれず、高度だけ稼ぎながら機首を翻した。
体に重い疲労感がある。
「お、そこのイーグル。メビウス1だろ?」
以外に近いところから声がした。
無線に近いも遠いもないが、やはり実感としてなんとなく分る。
振り返ると、そこにはさっきのF−14Jがいた。これが敵機ならもう私は死んでいるだろう。さっき見たときには誰もいなかったはずなのに、一体どんな魔法を使ったのだろうか?
トムキャットの垂直尾翼に大きなウサギの耳、レードムには何故かアニメか何かのウサギのキャラクターが描いてある。さっきは遠かったから分らなかったけれど、かなりふざけている。悪ふざけもいいところだ。こんなのに撃墜されたら、悔しさのあまりに夜も眠れないだろう。
「えーっと、どちらさまでしょうか?」
少なくとも、私のサインを知っていそうな人間に、あんなふざけたF−14に乗っているパイロットは一人もない。
「俺は単なる通りすがりのバニ山バニ男だ。美男子星人と呼んでもいいぞ」
「はあ?」
何かの聞き違いだろうと思うことにした。
「もーふざけすぎだよーごめんね、こちらはラビット1だよ」
申し訳なさそうに言うのは後席のRIOだろう。穏やかな、ぽややんとした感じの声だった。
RIOというと衛ちゃんを思い浮かべるけれど、この人もなんとなく苦労していそうな気がした。
「ではラビット1、何か用ですか?」
「いや、なんとなく声を掛けてみただけだ」
からかわれていると思った。
じゃなきゃ、喧嘩を売られたとしか思えない。思わず、レーダーをロックオンしたくなる。サイドワインダーを撃ち込んだらきっと気分がいいだろう。
「おっと、そろそろ打ち上げだ」
「まあ、そうね・・・」
話を逸らそうとしているのはバレバレだったけれど、あえて追求するのも面倒くさかった。何よりも気力が足りない。
「わーキレイだよー」
と歓声を上げるトムキャットのRIO。
確かに白煙を引いて上昇していく宇宙ロケットは壮観だった。雲を突き抜けて、あっという間に空の深みへと昇っていく。その先にある宇宙を目指して。
まじかで見たわけじゃないけれど、あんな巨大なものが垂直上昇するというのは、18トンもあるイーグルを飛ばすことに慣れていても、不思議な魔法のように見えた。
「おーすごい、すごい。ロケット花火みたいだ。途中で爆発とかしないかな?」
「そんなことないもん。ちゃんと宇宙までいったよ」
「テールスライドで戻ってきたりして」
「そんなことないもん」
「おい、知らないのか!?テールスライドを初めてやったのは宇宙ロケットなんぞ、打ち上げが失敗するたびにあの有名なガガーリンはテールスライドで発射台まで戻って、打ち上げをやり直したという・・・」
「そんな嘘には騙されないもん」
「ほんとだって」
「嘘つきは泥棒の始まりだよ」
「くぅ、だよもん星人め」
「だよもん星人じゃないもん」
・・・どうして、この人達は私に話しかけてきたのだろう?
と、根源的な疑問を感じる。額に伝う汗は嫌な感じに脂ぎっていた。
仲の良い二人。悪意のない嘘。他愛の無い口喧嘩。もしそれを見せ付けるために来たというのなら、そんな酷なことはないだろうと思う。
いや、悪意がないからこそ、こんなにも身に堪えるのかもしれない。
望んで、望んで、望んで、望みぬいても手に入らなかったものが目の前に当たり前のようにあった。
いつかのあの夏の日にも、お兄様と私はあんな風に他愛もない口喧嘩をしていたのだろうか、疲れているせいかよく思い出せない。
どちらにせよ、今、ここにはない。私にはないものなのだ。
どうして私にはないのだろうか、どうして手に入らなかったのだろうか、何故ダメになってしまったのだろうか、全く分らない。分らなすぎて、疲労を覚える。
「姉や〜」
陰々とした思考のループを断ち切るように、亞里亞ちゃんの声。
随分と久しぶりに聞いたような気がする。今日は一分が1時間くらいに感じられた。空戦の時はいつものことだけれど、今日はとりわけ長い気がした。
たっぷり、一年が過ぎてしまったかのようだ。
「おっと、迎えがきたらしいな。じゃあな、また会おうぜ」
「またね〜」
ミラージュ2000と入れ替わるようにF−14Jは遠ざかっていった。
「だれ〜今の人〜?」
「さぁ?わかんない」
と、しか答えられない。
聞いたのはコールサインだけだし。まあ、あんなトムキャットは一度見たら絶対に忘れそうにないので、次あったら名前くらい聞いておこうと思う。
「帰るの〜姉や〜」
「うん、帰ろう」
陰鬱な思考を弾くように答えた。
空を見上げる。雲はない、空の深遠がぽっかりと口をあけていた。
そこへ吸い込まれていった宇宙ロケット。
いつか、戦争が終わったら・・・お兄様と見に行こうと思う。きっと、それはすごく楽しいデートになるだろう。
あの二人みたいに、他愛のない口喧嘩をして、一緒にお弁当を食べて、公園を散歩して、海を見て、空を見て、ロケットを見て、そして、そして、そして・・・
「姉や?どうしたの〜」
「なんでもないよ」
その日が早く来るように、私は星に願った。
それは合成口径レーダーなんていうちょっと物騒なものを積んだ偵察衛星だけれども、星であることに変わりはない。
それに・・・ただの星よりも戦争の終結にはご利益がありそうだった。
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