ACECOMBATSISTER

shattered prinsess

エースコンバットシスター シャッタードプリンセス







ミッション6 九州深部の目標〜DEEP STRIKE〜 



「いい天気ね・・・」

「良いお天気なの〜」

 空を見上げた。上はいつも晴れているけれど、今日は特に空が済んでいるように見えた。
 太陽の光は随分と弱いけれど、それでも地上にいる時よりは強く感じられる。

「ああ、インディアンサマーだ」

「それを言うならセントマーチンの夏さ、マーロウ3」

「婦人の夏とも言うな・・・ヘックス1?」

「小春日和ともいうぜよ、タイガー4」

 呼び方は出身国によって様々だ。世界にはいろんな国があることを実感させてくれる。
 四葉ちゃんや亞里亞ちゃん。沢山の外国人が今日本に来ている。今ほど、沢山の外国人が日本に来ている時代は無いのではないだろうか?
 悲しいのは、それが観光や商売の為ではなく、戦争の為であるということ。
 そのことを考えるたびに、心が濁る。
 誤魔化すのように、私は口を開いた。

「いつか・・・平和になったら、家に遊びに来てね。亞里亞ちゃん」

「必ずいくの〜姉やも〜フランスに遊びに来てね」

「うん、約束だよ」

本当に、生きていたら必ず行こう。お兄様と一緒に。

「姉チャマ〜イングランドにもちゃんと来るデスよ〜」

「分ってる。ちゃんとイギリスにも行くわ」

「イギリスじゃないデス!イ・ン・グ・ラ・ン・ド・デス〜」

 怒ったように言う四葉ちゃん。
 何か悪いことでもいっただろうか?

「姉チャマ。イギリスという言葉を使うのは日本だけデスよ〜みんなはイングランド、スコットランドと言うデス!他にはユナイテッド・キングダムも使うデス〜」

「う〜ん、でもイギリスなんでしょ?」

「違いマス!間違った言い方をしたら〜プンプン、デス!」

 なにやら、ネイティヴな怒りに燃える四葉ちゃん。
 カルチャーギャップはなかなか難しいものがあるとだけ思うことにしよう。
 まだ何か抗議をしようとする四葉ちゃんだったけれど、その声はがらりと変わって真剣な物になる。
 無言で操縦桿を握りなおした。

「攻撃隊各機へ、レーダーにコンタクト・・・ボギーが8。方位90、距離210。この反応はスロットバックレーダー・・・敵機はフランカータイプ、かもしれないデス」

「オーケー迎撃する」

 四葉ちゃんの口調は歯切れが悪い。フランカーといっても沢山のバリエーションがある。その全てを見分けるのはレーダーでは出来ないようだった。
 で、あるならばこの目で確かめるしかない。
 右旋回、旋回する瞬間こそイーグルのパワーを感じる瞬間、速度を落さず加速しながら旋回する。ファントムには真似できない芸当。8機の制空隊は迎撃に向かう。
 別働の爆撃隊は降下しながら直進、九重山地に建設された地熱発電所を目指す。
 この作戦の目的は発電所の破壊、原発並の発電能力を持つ世界最大の地熱発電所を破壊すること。この戦争の間に西日本の発電所、特に原発の多くが西日本軍の後退作戦の間に工作で機能を停止している。もちろん、東日本軍に利用されることを防ぐためである。
 九州の原発も機能を停止しているが、民生用の電力を徴発することで東日本軍は軍需生産を続けていた。火力発電は燃料の都合がつかないらしく稼動状態にないけれど、燃料の必要ない水力や地熱発電所は軍需生産に少なからぬ貢献をしていた。
 その中でも最大の発電量を誇っているのが、九重地熱発電所。
 自分の税金で作られた発電所を破壊するのは気が進まないけれど、

「悲しいけど・・・これ、戦争なのよね」

 冗談めかして言ってみる。心は晴れただろうか、いや晴れない。
 それでも微かに胸が軽くなるような気がする。私は以前よりもお喋りになった。
 敵機は8機、2個小隊。対するこちらも同数の8機。
 ぴたりとついてくる亞里亞ちゃんのミラージュ2000と2機のF−16。それにF−20タイガーシャークが4機。イーグル以外は全て軽快な軽戦闘機。相手がフランカーでも格闘戦に持ち込めばなんとかなるだろう。
 ALR−56レーダー警戒受信機が警報を鳴らす。
 
「メビウス1、敵機ミサイル発射!」

 このBVR戦闘を凌ぐことができれば・・・
 ミサイル警報は鳴らない。セミアクティブホーミングではないらしい。IR誘導だろうか、アラモの誘導はバリエーションが多い。
 APG−63レーダーはまだ彼我の距離が80キロ以上あることを教えてくれる。スパローの倍以上の射程距離。

「くそったれ!」

 AMRAAMを抱いていながら、使う機会さえ与えられないF−16Cのパイロットの呪詛。射程距離が違いすぎる。
 青い空に、髪の毛のように細い白い航跡を見つける。タイミングを計りながら左旋回。
 青色の潰されてしまいそうな輪郭に特徴的な蝶の羽、AA−10アラモ。上瞼の縁にアラモを映しながら、左スライスへ入る。ミサイルは追尾。
 ラダーペダルを蹴る。ロール、クイックロール。イーグルは左から右へ、切り返す。エンジンはアイドル。スライスで得た速度を高度へ変える。
 ミサイルは予想を外され、IRシーカーからイーグルが消えた。アラモは明後日の方向へ飛んでいく。回避、成功。
 
「亞里亞ちゃん。大丈夫?」

「大丈夫なの〜」

 切り替えしの大Gでふらつく頭を振って、呼びかけた声の返事はいつもどうりで、亞里亞ちゃんの声には神経を落ち着かせる効果があるのではないかと、埒も無いことを考える。
 
「喰らった・・脱出する!」

 割り込むように悲鳴、誰かが回避に失敗したらしい。
 うっすらと黒煙を引いて、F−20が落ちていく。
 これで7対8、形勢はやや不利だけれど、AA−10アラモの攻撃をこれだけの損害で凌げたことを喜ぶべきだろうか、迷う。
 戦闘は続行、間合いが詰まる。
 気がつくとRWRの警告音が消えていた。フランカーは電波統制、VSDはクリーン。レーダーはフランカーをロスト。
 APG−63パルスドップッラーレーダーは原理的に90度オフセット方向への移動を捉えることができない。
 フランカーはコントレールを引いてスライスバック、ゼロドップラー機動。
 頼りにすべき電子の魔眼が潰された。

「スカイクローバー!」

「下デス!」

 レーダー警戒受信機は沈黙を保つ、ただ薄っすらと見えるヴェィパーだけが見えた。フランカーは強引な機首上げ、ミサイルの射界を確保する。
 回避に時間をとりすぎていたことを後悔。
フランカーはOEPS−27IRSTを作動、ルックアップ。晴れた空はノイズが少ない。ECMの電子ノイズがあったけれど、赤外線捜索追跡装置に電子妨害は通用しない。
 Su−27のパイロットはNSTs−27HMDのバイザーの下で笑みを浮かべた。
 広く優美な主翼から、火薬カートリッジの力でAA−11アーチャーが弾き出される。十分に機体から距離をとったアーチャーはロケットモーターに点火、白煙が伸びる。
 
「メビウス1、ミサイルチェキ!」

「分ってる!」

 ミサイル警報はない、赤外線誘導。
 全く静かに、沈黙したまま迫るアーチャー。ラデンロケットノズルから吹き出る白煙が複雑な軌跡を描く。
 イーグルはアフターバーナーを焚いて加速、速度を稼ぐ。
アーチャーは追尾、シーカーが捉えたイーグルの赤外線画像を簡単な3Dモデルに変換、メモリーに焼きつけたイーグルの3Dモデルと照合する。イーグルを完全に捉まえる。
 振り向くとイーグルの尾翼の真ん中に、AA−11アーチャーの姿を捉えた。ラーダーペダルを踏み込む、イーグルはクイックロール。
 スロットルのECMディスペンサースイッチを押し込んだ。AN/ALE−45チャフフレアディスペンサーから連続してフレアが射出される。
 フレアは直進。イーグルは背面降下、パワーダイブ。
 スロットルをアイドルへ、対気流を吸い込んでタービンが冷える。アーチャーのIRシーカーからエンジンの排気熱が消えた。メモリーの3Dモデルと現実がかみ合わなくなる。
直に修正されるが、一瞬だけ反応が遅れた。
 操縦桿が胃袋を突き破るほどに引き付ける。強引な高速スプリットS。
 必死に息んでも液体は上から下へ流れる。血液も例外ではない。Gスーツのホースがぎりぎりまで体を締め付ける。
朦朧とする意識の中で、骨格が軋む音を聞いた。
暗転する視界が、緑の山地から青い空へと変わっていく。
 8Gで引き起こすイーグルをアーチャーは追尾、最大12Gまで追尾可能な高機動ミサイルからはこの程度では逃れられない。
 だが、反応が遅れた分だけアーチャーの引き起こしは外に膨らむ。急激な高機動が残り少ない固形燃料を猛烈な勢いで食いつぶしていく。
 一際大きく白煙を噴いて、アーチャーからロケットモーターの白煙が消えた。
 
「危ない、危ない」

 安堵のため息、まだ生きている。戦闘は続行。

「メビウス1、気を付けろ。一機来るぞ!」

 仲間の警告、時々口汚い悪態が耳に飛び込んでくる。まだ生きている証拠だ。
 撃墜された機はいない。7機全てがミサイルを避けて継戦中。白い飛行機雲が幾重にも重なって輪を描いていた。
 広大な、4キロ以上の広がりを持つ空の狩場。

「オーケー今度はこっちが狩ってあげる」

「姉チャマ、チェキ!」

 レーダーにコンタクト、ルックアップ。ノイズの少ないクリアーな空。フランカーを捉える。フランカーはスライスターン、降下しながら回り込んでくる。
 その動きは機敏だった。鋭角的な旋回、一目でベテランだと分る。動きに迷いが無い。

「キレイなラインね・・・」

 かなりのベテラン。東日本のパイロットは平均して、それほど飛行時間が長くない。だけど才能家は古今東西筆を選ばない。
 スロットルを押し込んだ。ミリタリーパワーMAX、アフターバーナーオン。
 操縦桿を握る右手には汗、死ぬかもしれないと覚悟する。
 だけど、決して死なないとどこかで確信していた。
 機首上げ、左旋回。同じ左旋回で降りてきたフランカーとすれ違う。
 すれ違ったまま過ぎることなく、切り返して右旋回。再びイーグルとフランカーはすれ違う。一瞬で傍らを過ぎる巨大な機影。鷲と鶴、アメリカとソビエトで生まれた怪鳥。どちらも20トンを超える巨大な鳥だ。
まるで鋏にように、2機はすれ違い、行き違って空を切り裂いていく。鋏の刃が擦りあうように、2機のドップラー波が人間に見えない刃をぶつけ合う。
 HUDの表示速度はもう500キロを切っていた。
 シーザス機動、アフターバーナーを焚いても速度が落ち続ける。
 4度目の交差、速度の低下は止まるが、少しづつ前へ前へ追いやられる。同じだけ飛んでいるはずなのに、フランカーは瞼の縁へ後退していく。瞳の中からフランカーが消えるときが、私の命が消えるときだ。
 あまり状況はよろしくない。
 
「これで!」

 操縦桿を引いた。機首が上がる、バレルロール。少しでも飛行距離を稼ぐ。フランカーも同時に横転、バレルロール。
 螺旋を描きながら2機は交差、ローリングシーザス。螺旋の中で、天と地が水平線を跨いで逆転する。浮遊感、落下感、緊張感がない交ぜになって肌を刺す。
 暈の掛かった太陽に目を細めた。
 
「・・・・!」

 イーグルはフランカーを振り切れない。
 さらにフランカーが視界の外縁へ後退する。切り返す、右旋回。速度計は300キロを割ろうとしていた。
 フラップやエルロンが震えているのが見える。フライ・バイ・ワイヤがぎりぎり機体を制御、失速寸前の機体を支えている。
 一瞬だけ、背後を振りかえった。索敵、敵機ないが、味方もいない。
 ダメだ・・・次の交差で背後を取られる。
 それでも、もう後には引けない。
 5度目の交差、機体は螺旋を描いて交差する。バレルを擦る、ロールの頂点。背面飛行、見下ろせば晩秋の山が続いていた。
 左のラダーペダルを蹴った。相手の予想を裏切る機動、苦し紛れの咄嗟の思いつき。
 機体が一瞬、静止。速度計が一気に50キロも減速したことを教えてくれた。機体が震動する。失速前の嫌な震動。
 それでもイーグルは飛ぶことをやめない。
 左の主翼から手ごたえがなくなる。失速した、と思った瞬間、機体は捻り込むように左旋回。
気がつくと、目の前にフランカーがいた。
 
「あれ?」

 歳相応の疑問符付きの言葉がキャノピーに拡散する前に、中指がトリガーを引いていた。
 火線、震動は背後から。M61A1バルカンの矢弾射撃。
 1.86メートルの銃身を駆け抜けたPGU−28焼夷徹甲弾は白いマズルフラッシュを残して、秒速1030キロまで加速。200メートル先のフランカーに襲い掛かる。
 命中した瞬間、パッと火花が散った。
 劣化ウランの弾芯がチタンの構造体を貫通、貫通時の高熱でウランが燃焼、酸化ウランの火花となって、大気へ溶けていく。
 火線がフランカーの巨大な機体を横断して、破砕する。細かな破片が散らばって、エンジンが吸い込まないように、イーグルは右旋回。
 振り返ると、フランカーは主翼まで回った火と長い黒煙を引きながら真っ直ぐに落ちていくところだった。
 脱出のパラシュートは見えない。

「あんな死に方はしたくないわね・・・」

 独語、生還の安堵。
 生きていることは素晴しいことだと思った。生きていること気持ちよくて、癖になりそうだ。体があちこち痛む。もう少し鍛えようと思うけど、腹筋が割れそうでちょっと怖い。
 マッチョな妹は好きですか?お兄様・・・一瞬だけ、現実逃避。
 機体が速度を取り戻す。ラダーで機体を滑らした。まだ生きている、生きているのなら戦闘続行だ。
 
「メビウス1、援護してくれ。ケツにつかれた!」

「オーケー、タイガー4.直行くから、勝手に死なないでよ!」

 操縦桿のトリムコントロール/レーダーモード操作スイッチ、(スプリングで中立へ戻る仕掛けがしてある)を押し倒す。レーダーはボアサイトモード。
 APG−63レーダーはビーム幅2.5度、ビーム間隔1.5度、水平走査6バーを完了。完了まで12秒。F−20を追いかけるSu−27を捉え、自動的にロックオン。
 ロックシュート表示灯が点灯。兵装をセレクト、AIM−7Mスパロー中距離AAM。
 
「フォックス1、フォックス1」

 軽く小さな震動、胴体のパイロンからスパローが切り離される。
 発射重量が230キロもあるスパローの動きは鈍い、命中率もあまり良いとは言えない。それでも空中にある限り、ミサイルは皆等しく脅威だった。
 スパローは加速、マッハ4。空気摩擦で弾頭が高熱を発する。
 VSD(垂直状況ディスプレイ)の中で、フランカーは大きく旋回。F−20の攻撃を諦めた。

「サンクス!」

 タイガー4のF−20はそのまま離脱。スパローはそのまま追尾。
 フランカーは緩い降下からダイブへ、切り替えしてミサイルを外そうとする。だが、ほんの少しだけ遅い。スパローのアクティブレーダー近接信管が作動、39キロのHE爆風破片弾頭を起爆。
 10分の1秒でフランカーに到達した衝撃波とそれにスプリンターが続く、衝撃波が機体の突起物、巨大な双尾翼、パイロン、キャノピー、エレベーター、フラップ、ECMポッドをもぎ取る。フランカーは分解。バラバラの機体にスプリンターが降り注いで止めを刺す。フランカー、炎上。
 殆ど原型を留めないフランカーは黒煙を引いて、落下。

「スプラッシュ!」

 敵機撃墜を宣言。同時に、

「爆撃隊が発電所を破壊したデス!」

「グッジョーブ!」

「ウラー!」

「よっしゃ、よっしゃ」

 制空隊に歓喜が広がる。

「敵機は離脱していきマス。こっちも引き上げるデス〜」

 四葉ちゃんの言うとおりだった。まだ残っていたフランカーは離脱していく。追撃は・・・しない方がいいだろう。何しろここは大分県、敵の勢力圏もいいところだ。
 編隊を組みなおすのももどかしく、機首を南西に向けた。燃料が少々キツイけれど、空中給油が受けられるから大丈夫だろう。

「スカイクローバー〜迎撃機は〜もうこないの〜?」

 ぴたりと、またキレイに編隊を組んだ亞里亞ちゃんが言う。
 いつのまに・・・?と聞きたかったけれど、ぐっと我慢した。

「う〜んと、デスね〜さっきまでは20機以上のスクランブルが上がってマシタ・・・でも、みんな帰っちゃったのデス〜?」

「たぶん・・・発電所が破壊されたから、諦めたんじゃないか?」

 さっき援護したタイガー4が言う。
 私も同意見で、そしてどこか納得いかない。それはタイガー4も同じらしく、しばらく唸っていた。

「なんだろう・・・?」

 空を見上げた。空の青さが酷く冷たい気がして、背筋が冷えた。雲の無い空、とても静かで、無線の空電だけが微かに響く。
亜音速まで加速しているはずなのに、まるで浮かんだけのような、HUDの対気速度の数字が言いようのないうそ臭さを感じさせる。
どこか無関心な・・・まるで味気の無い風。
 叩けば、砕けそうな静けさ。
 呼吸の音だけが五月蝿くて、息を呑む。
 酷く、嫌な予感がする。
 苛立ちまぎれに、レーダーを操作しようとした時、それは来た。

「警告デス!ストーンヘンジからの砲撃をチェキシマシタ!全機、南西へ逃げるデス。高度を600メートル以下に下げて!」

 四葉ちゃんの声、最後には懇願に近いものになっていたけれど、とても聞き分けるわけにはいかない内容だった。
 ここは九重連山、標高1000メートル以上の山々が続いている。
 飛行機は地面に潜れない。

「そういうことか・・・」

 何故スクランブルの迎撃機が来なかったのか・・・ようやく分った。
 敵味方区別なく、木っ端微塵に吹き飛ばす怪物を使うつもりなのだ、東の日本人は。地形すら変えてしまう怪物を・・・・
 ストーンヘンジ、正式には95式120サンチ対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲、なんていう長くて舌を噛みそうな名前をした東日本のスーパーウェポン。
 射程距離は約900キロ、一撃で地面に巨大なクレーターを造る。技術の暴走が生み出した人工のメテオストライク。
 写真でしか見たことないけれど、人口3万の地方都市がただのクレーターに変わった。それも只の一撃で、だ。

「こんなところまで、届くのか!?」

「高度2000フィート以下だと?地面には潜れないぞ!」

「ちくしょう、ちくしょう、コミュニストめ!神に呪われろ!」

「落ち着いてください!みんな、落ち着いて!」

 必死に四葉ちゃんが叫ぶけれど、混乱が収まる気配はない。何を出来ないまま、混乱し、困惑し、壊乱し、故に残り時間はゼロになった。
 妙な圧迫感を覚えて東に空を見上げた。
 彗星が、赤く焼けた彗星が降ってくる。




 旧東京、現千代田特別軍管区に建造されたストーンヘンジ発射プロセスを書き記すと以下のようになる。
 ストーンヘンジは基本的に外見的な特徴である120サンチ100口径砲、つまり砲長身120メートルもある長大な世界最大の大砲とその主砲を動かす原子力発電所、さらに膨大な数のコンデンサーから成る蓄電区画から構成されている。
 実際、敷地の20%がコンデンサー区画で占められていた。これは補助的に火薬の力を使うとはいえ、レールーガンであるストーンヘンジが一回の射撃に膨大な電量を消費するためであり、連続射撃のために莫大な電力を常にストックしておかなければならないからである。
 主砲はかつて渋谷区、港区と呼ばれた2つの都市区画を丸ごと2つ潰して(臨海地域にあるのは資材運搬の為である)造成された直径4キロのコンクリートのパイ、その中心に8門が全周に向けて配置されていた。
 8基の主砲はそれ自体360度の旋回が可能であり、1方向へ8基全ての砲口を向けることも出来るように設計されている。360度旋回に必要な時間は90秒、最大俯仰角速度は45秒、これは中口径高射砲と同じスピードである。ストーンヘンジの砲塔が一基2万トンであることを考えると奇跡というほかない速度だった。これはリニアモーターと同じ浮遊構造を利用したことで実現化されたものである。
 現在、西日本軍攻撃隊を指向しているのは8門。つまり全門が800キロ先の九州、九重連山を指向していた。
 本来は真っ直ぐに飛ぶ弾道ミサイルを迎撃するための巨砲であるから、目標が航空機である場合、射撃精度は落ちる。
 しかし、地下に備えられたスーパーコンピューター群の演算能力を以ってすれば、相手が高機動の航空機であっても高い命中率を確保できた。
 8台のスーパーコンピューターを1セットとして、1024セット(計8192台)のコンピューター群は秒間90億回の浮動少数演算を行い、システム全体では1秒間に100兆回に達する。これは158時間以内に日本国内で起こる大型地震を発生時間秒単位まで予知できるほどの演算能力である。
 コンピューター群は巨大なエアコンで頭を冷やしながら、射撃に耐えうるデーターを弾きだしていく。
 地球の自転、磁場、風力・火薬・電力の量はもちろんのこと、火薬の温度、湿度、気温、標高、その地点の引力、地球の自転速度、空気の密度、砲身の発射回数、摩耗の程度、火薬の製造年月日に到るまで、ありとあらゆる不確定要素を、可能な限り確定要素に置き換え、完璧な測距を行い、その上で砲弾を発射するのである。
 測距に関しても、AWACSやレーダーサイトなど総動員して可能な限りの情報を集めることになっていた。
 これら全ての計算が終わり、ようやく地下150メートルの射撃指揮所のコンソールに『照準完了』と表示されるのである。
 次に、厳重に防護された弾薬庫から、一発30トンに達する巨大な砲弾が巨大なエレベーターの力で引き上げられる。
 弾種は榴弾。他に徹甲榴弾もあり、対地砲撃に威力を発揮する。榴弾は通常の対空砲弾と(被害直径と重量を除けば)構造は同じものであるが、ストーンヘンジに使われる砲弾は通常の砲弾と違い薬莢がない。
 所謂ケースレスと呼ばれるタイプの砲弾であり、排莢機構が必要ないので重量軽減に効果的だった。外見的にはキャラメルやレンガを似ている。弾丸本体を焼き固めた火薬で覆っているので、砲弾本体は外からは見えない。
 地下から引き上げられた砲弾はこれも重量数十トンのラマーによって薬室に押し込められる。そして、重量100トン以上の断隔螺式閉鎖機によって完全に薬室が密閉された。
 何もかもスケールが違う、と作業を見守る砲兵達は思う。まるで巨人の国に迷い込んだかのようだ。これが人の業とは、最初は誰も信じられない。
 これでようやく射撃指揮所のコンソールに『装填完了』と表示される。

「第1射、てぇ!」

 射撃指揮所に陣取る空軍中将の声を聞いたオペレーターは間髪いれず、キーボードのリターンキーを押した。
 着火は外部からの電気着火式、不発の発生率は0.000000001%以下。オーナインシステムと呼ばれるほどの安全性が確保されている。
 独ダイナマイト・ノーベル社が開発した最新のケースレス専用火薬のアシストで初期加速を得た砲弾は電磁力で加速、120メートルの砲身を一気に駆け抜けた。
 初速はマッハ15、当初は第一宇宙速度(マッハ23)が目標だったのだが、現実的でなかったので下方修正されている。
 砲口から外界へ解き放たれた砲弾、一瞬だけ砲口が歪んで見える。
 衝撃波、大気が歪む。膨大な電磁力によって可視光線すら歪められる。厳重に固定されていない物は残らず衝撃波で吹き飛ばされた。
 砲身は加熱。ジュール・電気の正しい交友関係に従って温度が急上昇。水冷式ジャケットの冷却水が熱湯へと変わる。大型ポンプが速やかに冷却水を交換する。
 その間にも砲弾は飛行。
 ストーンヘンジの砲身は耐久性確保のために滑空砲タイプとなっている。従ってライフリングはない。砲弾が発射後に安定翼を展開、内蔵ジャイロで自律的に安定を保つ。
 一旦は成層圏まで駆け上った弾丸は大気圏外縁を擦るようにして飛翔。弾頭は赤熱、大気との摩擦で赤く焼ける。空から青さが消え、宇宙の闇がとって代わり、赤く焼けた彗星が星々の世界を駆け抜けていく。
 弾丸は最大弾道高79キロをマーク、降下に入る。
 重力の腕に捕らわれた弾丸は赤熱しながらも、加速。一部では融解が始まる。表面温度は1200度を超える。時限信管のタイマーは1分を切った。
 空に青みが戻り、ミニチュアサイズの日本列島が急速に拡大していく。
 大分市民43万人の頭上を通過した弾丸は900キロ離れた九重連山上空に到達した。
 時限信管が作動、砲弾に蓄えられたエネルギーを解放する。
 飛翔時間は4分11秒、着弾時の速度は4316m/s。





「5・4・3・2・弾着、ナウ!」

 震動。だけど、それほどでもない。
 振り返ると砲弾はもうエネルギーを使い果たしたのか、微かな残光が目に留まったくらいだった。
 いや、ただ単に、他のことに目を奪われていたから、それくらいしか気がつかなかったのかもしれない。
 私は確かに見えていた。白い、衝撃波の津波にさらされた山の木々がドミノのように打ち倒され、空高く舞い上がるのを。箒で掃いた塵のように、巨大な杉の巨木が空を飛ぶのはなかなかシュールだと言えた。
 まるで蝿叩きのように、3機のミラージュ5が肉眼で捉えられるほどの衝撃波に打たれて、急角度で山へ突っ込んだ。黒煙が昇る。その黒煙さえも、別の砲弾の爆風でかき消された。
 全く、正気とは思えない。

「マ、マリアチームが全滅シマシタ!」

「なんて、威力なのよ!」

 次はこっちが危ない。
 何か良いアイデアが無いかと探した。これほど頭を捻ったのは生まれて初めてかもしれない。ふと見下ろすと南へ伸びる川が目に入る。針のように細い川。
 こうなったら方法は一つしかなかった。

「みんな、聞いて!谷よ、谷間なら高度を落せるわ」

「無理だ。あんな狭い谷なんて、自殺行為だぞ!」

「でも、ここにいたら確実に死ぬわ」

 操縦桿を傾けて、横転。そのまま背面降下。一番近い谷を目指す。

「亞里亞もなの〜」

 ぴたりと少し遅れて、同じラインで亜里亜ちゃんがついてくる。

「ストーンヘンジからの再度の砲撃をチェキデス、弾数4!」

「ええい、ちくしょうめ!俺も行くぞ!」

 みんなが続々と谷へ降りてくる。
 正直いって、谷に潜ってもあの破壊力の前では意味がないかもしれない。
 もちろん、言うつもりはなかった。仮に口にしてもみんなはついてくるだろう。
 人はそこに希望があれば、焼かれながらでも歩いていけるものだから。

「歓迎するわ、みんな」

「されたかねー!」

 自棄気味に言い返すタイガー4、私もこのまま自棄になりたかった。
 HUDの速度計は887キロ、一瞬で過ぎ去る杉の巨木が機体の速度を何よりも雄弁に物語る。巨大なイーグルの機体は今にも谷にからはみ出しそうで、酷く恐ろしい。
 
「5・4・3・2」

 淡々と感情の無い声でカウントダウンする四葉ちゃん。
 一言ずつ、空気が冷えていく。コクピットの環境維持機構が壊れたのではないかと思った。悪寒が背中を駆け上る。脊髄の代わりに氷柱を突き込まれたような感覚。
 叫んで、何かを掻き毟りたい衝動に駆られた。

「弾着、ナウ!」

 振り向く余裕もなく、だけど好奇と恐怖に駆られて振り向いた。
 赤い彗星か、隕石か、少なくとも砲弾には見なかった。微かに西の空に赤く瞬いたと思ったら、それはもう頭上にあった。恐ろしく速い。
 赤く輝いているのは大気との摩擦のせいだろうと考えた時、それは灰色の光に変わる。
 衝撃波、機体が暴れる。操縦桿が言うことを聞かない。機体は煽られハーフロール、左主翼の先端が水面を擦る。主翼の気流が水面を押し込んで、水飛沫。
 激突すると思った瞬間、コントロールが戻る。慌てて、水平に戻す。だが、続けて2撃。

「うそ・・・」

 稜線、尾根に続く杉の森。それはまるで毛布の毛羽立ちを手で払うような何気なさだった。衝撃波が几帳面に等間隔に並んだ杉の森をなぎ払う。
 降ってくる、杉の木が。コマ送りのような静的な動きで、死んでしまいそうなくらいにゆっくりと。

「お兄様!」

 祈りながら、スロットルを押し込む。機体は加速、それでも擦り抜けられるかどうか。
 
「・・・お願い!」

 降り注ぐ杉と岩石。粉塵が進路を閉ざす。
 微かに視界が残る低空を、イーグルは駆け抜ける。
 反射的にハーフロール、左主翼のあったはずの空間を丸太が貫く。
 そのままロールを続ける。右主翼を岩石が掠る。硬質の打撃音、小石が機体を乱打する。
 タービンが異物を吸い込んだのか、異音。右タービンの回転が急落。機体のバランスが崩れる。右エンジンをカット、片肺で飛ぶ。
 キャノピーに皹が入っている。隙間風が吹き込む。風圧、バイザーを下ろす。

「ヴァィパー2、応答してください!」

「ヴァィパー11、オメガ2が殺れた!」

「ちくしょう、なんて威力だ!圧倒的じゃないか!」

 通信は悲鳴だけ交錯する。
 耳を塞ぎたくなる衝動を堪えて、次の一撃を待つ。
 
「次の砲撃を確認デス。弾着まで、15秒」

「いい加減にしてよね!」

 やり場の無い怒りに駆られて怒鳴る。
 無線で向こうで四葉ちゃんが脅えるのが分った。どうしようもない自己嫌悪に襲われる。どうして、こう直にカッとなってしまうのか、生きて帰ったら牛乳を飲もう。

「5・4・3・2・弾着、今デス!」

 激震、でも遠い。
 機体が震動、焦点が定まらない。シェイカーのカクテルように、機体は振り回される。それでも制御できないことは無い。
 風圧で吹き飛ぶ凧のようなイーグルを必死で宥める。すれ違いざまに望む九重連山の自然は、キャノピーさえなかったら手が届いた。
 衝撃、誰かの悲鳴。
 お兄様との別れを思い出し、思わず振り返る。
 イーグルに続く6機の鉄の鳥は1羽数を減らしていた。

「タイガー4!」

 無線で呼びかける・・・返事は無い。

「姉や・・・」

「分ってる・・・分ってるわよ」

 機体を慎重に谷の真ん中に持っていく、段々土地が開けてきた。回避に余裕ができる。
 計器に視線を走らせる。タービンの温度が高い。片肺で無茶し過ぎた。タービンが溶ける寸前だった。でも、速度は落せない。
 
「もう少しデス!メビウス1」

四葉ちゃんが叫ぶ。

「って言ってるから、もう少し頑張ってね・・・」

 イーグルに呼びかける。操縦桿を握りなおした。隙間風が酷い、僅かな隙間から吹き込む風の唸りが、まるでイーグルの悲鳴のようだった。
 
「ストーンヘンジからの砲撃デス!着弾まで15秒」

 これが最後にして欲しい。切実に思う。
 背後を振り返った。後続の5機は先行機の排気を吸い込まない程度に距離を置いて続いている。私以外は危なげない飛行、ちょっとへこむ。でも、頼もしい。
 なんとかなるかもしれないと思って前を向いた時、それに気付いた。
 谷を横切るようにして、一本の横線。それを支えるように縦線。
 なんだろうと思って、首を傾げた。
 
「鉄橋なの!」

 亞里亞ちゃんが叫んだ。
 咄嗟に、

「下よ!」

「上だ!」

「弾着!」

 声が重なる。
 不協和音の三重奏、それを消し飛ばすように砲弾が迫る。
 操縦桿を押し倒す。イーグルは悶えるように機動、高度を落す。僅かに右ラダーを押し込んで、直に左のラダーで打ち消した。右ロールからのナイフエッジ、高度がさらに下がる。左ラダーを押し込んで、揚力を稼いだ。
 イーグルは橋脚をすり抜ける。
 橋脚を挟んで、ミラージュ2000が飛んでいるのが見えた。イーグルを同じナイフエッジ。鉄骨で区切られたフィルムのコマ送り。思わず見とれた。拡大された集中力がエンジン排気の一筋まで克明に脳へ刻んでいく。
 むこうもこっちを見ている。目が合う。
 亞里亞ちゃんはびっくりして目を見開いていた。たぶん、私も同じだろう。
 長くて、短い、一瞬で、永遠な、幻のような時間が過ぎ去る。鷲と蜃気楼は同時に鉄橋の影から飛び出し、自由な空へ帰る。
 対気流が鉄橋から跳ね返り、機体は鈍く震動。でも、何事も無かったように鷲は飛びつづける。
 無闇に泣きたくなった。
 
「インパクト!」

 直上、直撃。
 ナイフエッジのままのイーグルは木の葉のように煽られる。
 浮遊感、18トンもある巨大なイーグルは紙切れのように持ち上がり、錐揉みしながら谷の斜面を滑って尾根の向こうへ飛ばされる。
 慣性の法則を無視した運動、独楽のようにイーグルはスピン。
 飛び降り自殺者の感じる浮遊感、落下感はこんな感じなんだろうかと、場違いなことを考える。現実が遠くなる感覚。
 回転する視界の中で、真上から爆圧を受けたF−16が鉄橋に叩きつけられるのが見えた。何十トンもするレールが跳ね飛んで、後続のF−20の主翼を叩き折る。
 最後の1機が錐揉みしながら鉄橋の残骸に突っ込んで、火柱が上がった。
 まるで、先に死んだ二人を火葬しようとしているように見える。何もそこまでしなくても良いと思った。自分が死んだらどうにもならないというのに。
 もう意識が保てない。
 視界が暗転して、闇に落ちる。





「亞里亞ちゃん!亜里亜ちゃん!」

 ふと、気がつきました。
 いつの間にか意識を失っていたようです。操縦桿を握りなおします。
 
「姉や?」

 あたりを見回します。すぐ傍に大きな戦闘機、F−15が飛んでいました。いつもカッコイイ咲耶姉やにとってもよく似合うと思いました。

「よかった、気がついて・・・体は大丈夫?痛いところはない?」

 そう言われると、おなかがしくしく痛みます。
 いえ、違います。とても痛いです。死んでしまいそうです。

「痛いの、クスン。とっても痛いの」

 涙が出てしまいます。だって痛いですから。痛いと涙が出るのは当然です。
 きっと意識を失ってしまうほどの大きなGの所為です。内臓を痛めたのかもしれません。腎臓が破裂したら死んでしまいます。そんなのはイヤです。
 
「大丈夫、大丈夫だから。落ち着いて。ほら、痛いの痛いの飛んでいけ〜」

 完全に子供扱いです。咲耶姉やは時々こういう酷いことをします。
 亞里亞は19歳です。戦闘機パイロットなのです。
 少し怒ると、おなかの痛みが少し治まりました・・・もっと怒ったほうがいいのでしょうか?

「もう大丈夫なの〜」

 ちょっと怒った調子で言いました。
 
「良かった・・・でも、急いで帰ろう・・・私もイーグルももう限界・・・」

 良く見るとF−15はもうぼろぼろでした。
 尾翼が一枚無くなっています。右の主翼が半分くらいありません。パイロンも外れてぶら下がって、風に吹かれてふらふらしていました。エンジンも片方だけしか動いていません。飛んでいるのが不思議なくらいでした。

「姉やは大丈夫なの?」

「中丈夫かしら・・・やっぱり無傷とはいかないわね・・・生きているだけでよしとしないと。あれだけの破壊から生き延びたわけだし」

 ひび割れだらけのキャノピーの向こうで、姉やが振り返りました。
 亞里亞も釣られて振り返ります。
 お山は、来たときとは随分と姿を変えていました。ストーンヘンジの砲弾で木が倒されて、お山の木はほとんど残っていません。まるで虎刈りにされたように、少しだけ緑が残っています。
 雪を被ってはずのてっぺんも、雪はきれいになくなっていました。それどころかお山のてっぺんの形がかなり変わっています。キレイに並んでいた尾根はまるで八重歯のようにバラバラになっていました。
 山のあちこちから煙も上がっています。山火事になったら大変です。
 空の雲まで、変な形に切り取られています。

「国に破れて山河あり、っていうけど・・・あの山が元どおりになるのにどれだけ懸かるのやら・・・こんな風に自然を滅茶苦茶にして・・・勝っても負けても、大変なことになるわね」

 疲れたように姉やはいいました。
 亞里亞も疲れていました。でも、姉やは少し違う感じがします。上手くは言えません。でも、何か・・・とても悲しそうでした。
 もしかしたら・・・好きな人が死んでしまったのかもしれません。
 じいやは日本へ旅立つ時に、「お嬢様・・・日本に行っても誰も好きになっていけません。好きな人が出来たら、忘れてしまいなさい」と言いました。
 じいやは昔とっても強い戦闘機パイロットで、亞里亞にいろんなことを教えてくれました。じいやに教えてもらったことは絶対です。今までずっと言いつけを守ってきました。だから今日まで生きてこれたと思います。
 でも、優しくしてくれた人や親切にしてくれた人を忘れることなんて、出来ません。
 好きな人が死んでしまったら・・・とても悲しいです。

「・・・姉や」

「大丈夫よ・・・そういうわけじゃないから」

 姉やは時々超能力を使います。亞里亞の考えていることがみんな分ってしまうのです。

「・・・・・ストーンヘンジを倒さない限り、この戦争は終わらないわね」

「亞里亞もそう思うの〜」

 イーグルが翼を翻します。
 亞里亞のミラージュが同じラインをなぞって、後を追います。
 基地に帰るまでは作戦終了とは言えません。遠足と同じです。まだ気が抜けません。
 それでも、ストーンヘンジの射程外というだけで、ほっとします。
 空はどこまでも広くて、青くて、どこまでも飛んでいけます。空はこの世界最後の自由ですと、じいやは言っていました。
 その空を支配するストーンヘンジ・・・いつか、この空を解放する日がくるのでしょうか・・・亞里亞には分りませんでした。



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