第23章 ガ島の落日

 ガダルカナル島。通称ガ島。元は日本の領土だった場所だ。
 1942年8月〜1943年2月まで、日米両軍が激しい戦闘を繰り広げた場所である。
 太平洋戦争における日本海軍の天王山がミッドウェー海戦なら、ガダルカナル島攻防戦は日本陸軍の天王山だったと言われている。
 の戦いで日本陸軍は二万一千人の死者を出した。
 その内の一万五千人が餓死や病死だったので、ガ島は餓島と呼ばれることもあった。
 日本海軍も、大量の艦艇と人員をこの戦いに喪失した。
 アメリカ軍は島伝いに兵を侵攻させ、南太平洋から完全に日本軍を追っ払っていたのである。

 ここで、少しガ島について説明しておこう。
 ガ島は芋の形をした山と密林の島であった。
 四国の3分の1の大きさである。
 中央を標高2300mから1000mの山脈が貫通している。
 人跡未踏で湿気と高温のため、風土病がはこびる鬱蒼とした島である。
 わずかにこれらの山から流れる水は20数本の川となって北側の海岸に流れ込み、そのあたりは人の行動できる森林地帯となっていた。
 飛行場はその西よりのルンガ地区、有名なヘンダーソン飛行場がある。

「………というのが、ガ島の大まかな特徴です」

 空母『雲龍』作戦会議室で、いつものように参謀長の神御大佐が説明していた。

 日本軍はパプアニューギニア島にある米軍の飛行場を摂取拡張して、次々に航空隊を設置し始めていた。
 ニューギニア島に存在する敵軍はほとんど鎮圧され、現在は山狩りならぬジャングル狩りが行われている最中だ。
 日本本土からは続々と輸送船が物資を運んできている。
 それらは食糧や医薬品などであり、旧日本兵だけでなく現地の住民などにも無償で提供され、少しでも日本人とのすれ違いが発生しないようSDF隊が治安の指揮も行っている。
 この島も、戦争が終われば完全に独立を果すことだろう。

 ニューギニア島への敵軍の奪還攻撃はなりを潜めている。
 敵軍としては攻めるよりも守りに入ったようだ。

 作戦通りガ島攻略のために、第5艦隊はニューギニア島を出港していた。
 神御参謀長から説明を聞いて、大神長官が話し始める。

「今回は大してややこしい命令などはない。ラバウル航空隊の空襲と、第5艦隊の空襲そして砲撃によってガ島を攻略する。制空権はわれわれがほぼ握りつつある。情報ではラバウル航空隊の空襲はすでに行われ始めており、ガ島のヘンダーソン飛行場は徹底的に破壊されたようだ。一気に決着をつけるぞ」

 アメリカ軍が島伝いに日本軍を南太平洋から追い払ったように、日本軍も同じように島伝いにアメリカ軍をオーストラリア近海から追い払うつもりだった。

 ガ島は戦略的に結構重要な位置にある。
 南にはニューカレドニア、南東にはフィジーがある。
 そのため、前進基地としてはもってこいだった。
 米欧遮断作戦のためにもぜひとも必要な島である。

「上陸部隊はガ島北部ヘンダーソン飛行場近くのルンガ岬から上陸する。それ以外の地点は全て焼き尽くすぐらいの勢いで攻撃してもらう」

 ガ島は熱帯雨林地帯に属している。
 一度雨が降れば、それは猛烈なスコールとなって地面をたたき続ける。
 そうすればいくら木々を焼き払ったとしても、目に見えるほどの速さで延びてきて、あっという間にそんな痕跡などは残らなくなるだろう。

「米欧遮断作戦はまだ先が長い。諸君たちも疲労が溜まっているだろうが、何とか今一度頑張って欲しい」

 そこまで言って、この会議は終わった。
 将校たちが退席してから、大神長官に神御参謀長が話しかけてきた。

「長官、やはり全員の疲労はかなり溜まっています。このままでは、些細な失敗でも引き起こしかねません」

「そうか……。俺自身も平静を装ってはいるが、結構疲れている。少しは陸で休みたいよ」

 大神長官は少し砕けた口調で話し始めた。

「そうでしょう? しかし長官は内地に戻ってもやってもらうことがありますよ」

「ん、なんだい?」

「それはお見合いですよ。いい加減誰かと結婚したらどうですか?」

「そうはいわれても……確かに真宮寺海軍長官からも、娘さんを結婚相手に勧められているんだよなあ」

「自分もですけれど?」

「そういえば、あなたの娘さんも俺の見合い相手に勧めているですよね?」

 こういったプライバシーの話になると、神御参謀長の方が大分年上なため、大神長官も自然と尊敬語を使うようになっていた。

「本当に俺なんかでいいのですか?」

「何を言われるか。少なくともあなたほどの武人はそうそうはいませんよ。娘も十分満足しているようですし」

「しかしですね。やはり俺が今1番考えているのは戦争と平和ですよ。少なくともこの戦争が終わるまでは、まだ考えられないですね」

「そうですか……。まあ娘もこの艦内にいますので、たまには会いに行ってやってください」

「ええっ! そうなんですか!」

「あれ? 前も言ったはずですよ。自分の娘は軍隊に入っていると。真宮寺海軍長官の娘さんもそうでしょう?」

「そうだった……。いちいち乗艦する兵士の名簿まではチェックしていないからなあ。何せ5千人もこの雲龍には乗っているのだから」

 そう言いながら頭を悩ませている大神長官のいる場所に、桐生飛行長も入ってきた。

「何の話しをしているんですか?」

「ほら。大神長官の見合いの話しだよ」

「おおっと、そういえば長官。私の娘も見合いの候補じゃなかったですかね?」

 大神長官はますます焦り出してきた。
 額からは汗が滴り落ち始める。

「いや、しかしですよ。あれほどの娘さんなら、俺以外にもいい男はたくさん……」

「何を言っているんですか。空手の練習であいつにのされなかった男なんざ、父親である俺と長官ぐらいですよ。あいつも長官のことを気に入っていますし」

「そう言われても……」

「まあ、あいつはこの雲龍の中にいますから、その内会いに行ってやってください」

「彼女もか……。ひょっとしたら真宮寺海軍長官の娘さんも?」

 大神長官は神御参謀長の方をガバッと見るが

「さあ、どうなんでしょうねえ?」

 参謀長は、何かを含むような笑いを浮かべるだけだった。
 そんな大神長官の心の動揺とは裏腹に、艦隊は何の問題もなく順調にガ島に近づきつつあった。

 ガ島は燃えていた。
 この島は南北が約40km。
 東西が約125kmである。

 ラバウル航空隊と第5艦隊の飛行隊が大量のナパーム弾を投下した。
 ナパーム弾が爆発すると、周囲一面のジャングルが燃える。
 ジャングルは生木であるから大量の煙を発生させ、しかも硫黄分が多いので、大量の有毒ガスが発生する。
 別に化学兵器ガスほどの威力があるわけではないが、煙を吸った人間は著しく戦闘能力が削がれる。

 海抜2000m前後の高台を持つガ島であるが、敵軍が山岳地帯に逃げ込むことも想定して、爆撃の手が緩められることはなかった。
 艦隊自体もガ島に接近して、敵を見つけては掃討した。
 それに引き換え、敵軍からの反撃はなきに等しかった。
 帝国海軍がこれほど圧倒的な戦力を持っている現在、反撃でも行えば「ここにいます。どうか撃ってください」と自ら言うようなものだ。

 この火力に守られて、帝国上陸部隊は楽々と上陸を果した。
 一応の警戒はしたが、とにかく鉄砲弾が飛んでこないのである。
 これほど楽な上陸もなかった。
 この中で他にも嬉しいことがあった。
 上陸部隊が浜辺に到着したら、ガ島からの撤退の時に取り残された旧日本軍兵士達が日の丸を振りながら出てきたのである。
 全員足はもつれており、まるで亡霊のようであった。

 その数は数十名と少なく、いずれも骸骨寸前にまでやせ衰え、マラリアに冒されている者も多くて、とうてい戦闘要員とは言えなかった。
 しかし苦境を耐え忍んで生き残ったということが肝心である。
 彼らに対しては、上陸部隊指揮官が直々に労をねぎらった。

 さて、ガ島敵守備隊はこの時点で1万名の兵士がいた。
 指揮官はルパータス准将。

 本国へは『これ以上の死守は不可能』と無線で連絡を送ってある。
 しかし撤退しようにも、こうも上空も海上も日本軍が差し押さえてしまっていては、とても脱出出来たものではなかった。
 滑走路は完全に破壊され、港湾施設も火の海である。
 駆逐艦程度が救助にのこのこと来たら、まさしく飛んで火にいる夏の虫である。
 即座に撃沈されてしまうだろう。
 潜水艦も日が出ている内は、浮上は危険なため出来なかった。

「ふう。どこもかしこもジャップジャップ。我が軍は一体どうなったんだ?」

 指揮官のルパータス准将がぼやいた。
 彼らは現在ガ島からの撤退を行っている最中である。
 1万名もの兵士を脱出させるのはそうそう簡単なことではない。
 今でも上空から自分たちを発見した日本機が、攻撃をし掛けてきたりする。

 ヘンダーソン航空基地からガ島の東端までは80kmもある。
 取り敢えずはそこが脱出地点になっているものの、密度の高いジャングルによって行軍は遅々として進まない。

「くそっ、邪魔なジャングルが! しかもこの高温多湿は何とかならんのか!」

 ルパータス准将は体中の不快感にイライラし始めていた。
 湿度が高いため、何もしていなくてもダラダラと汗が溢れてくる。
 木の上からはヒルが襲ってきたりした。

「日本軍機がまた来たぞ!」

 前のほうを歩いていた兵士が叫んだ。
 全員散開して伏せる。

 日本機が低高度で爆弾を投下して来た。
 投下された爆弾が地面に着弾し、大量の炎を吐き出して前進する。
 落とされた地点から前方へ、数100m規模の爆炎が発生した。
 運悪くその線上にいた兵士達が、炎に巻かれて黒焦げになる。

 日本機は旋回して銃撃も加えてきた。
 密林の中に隠れているため正確な位置は分からないのだろうが、おおよそ守備隊がいそうな所を狙って射撃してくる。
 木々や木の葉がバシバシバシッと銃弾に弾かれた。

「ぐうっ!」

「がっ。ちくしょう、撃たれた!」

「向こうからも1機来たぞ!」

「くそう、東洋の猿がいい気になりやがって!」

「早く向こうへ逃げるんだ!」

 あちこちから怒声や叫び声が聞こえたりもするが、いちいちそんなことに反応してもいられない。
 彼らに出来ることは、自分の所に銃弾が飛んで来ないよう祈るだけである。
 上空を飛んでいた日本機も、しばらく経ったらどこかへ飛んでいった。
 無事な者は、またがんばってガ島東端に向かい始めた。

 先ほどの攻撃によって、また多くの煙が部隊を包み始めていた。
 硫黄分を含んだ悪臭のガスが、体力のない者の体力をさらに奪う。
 力尽きた者は、この苦しさに耐えきれなくなって次々に倒れた。
 同僚が倒れるのを見たとしても、これを助ける体力を残している者などほとんどいなかった。
 大多数の者は自分の身体を、ジャングルを掻き分けて先に進ませるので精一杯であった。
 毒ガスは、鼻や喉の粘膜を冒し咳き込ませるだけでなく痛みも激しい。
 その中を1人倒れ、また1人倒れながら守備隊は行軍を続けた。

 ガ島東端まで後60km。
 彼らにとっては、とてつもなく長く感じる距離だった。

 第5艦隊の旗艦『雲龍』艦橋―――

「わが上陸部隊は予定通りヘンダーソン飛行場を占領しました。敵からの反撃はほとんどなく、航空部隊からの攻撃によって敵守備隊は全滅しかけております」

 いつもの会議室で、神御参謀長の説明が続いている。

「原住民との交渉も完了し、この戦争中我が軍がガ島に軍を置く事の代わりに、彼らに食糧や医薬品を提供することで納得しました」

「原住民との摩擦は気をつけなくてはならないな。旧日本軍はそのことでよく揉めていたらしいし、彼らに敵軍のスパイがいる可能性もあるため、その確認も厳重にしてくれ」

 参謀長からの報告を聞いて、すぐに大神長官が命令を下した。

「はい。全て手落ちがないように気をつけます」

 と、そこへ―――

「長官、ガ島の敵守備隊が降伏の打電をしました!」

 会議室に新しい情報が入ってきた。
 その報告を聞き、大神長官もホッと一息ついた。

「そうか。彼らの処理も頼むぞ」

「了解」

 あっさりとガ島は日本軍の手に落ちた。
 ルパータス准将達は結局ガ島の東端に辿り着く前に、これ以上の行軍は無理と判断したのである。
 日本軍に降伏することはかなりの抵抗があったのであろうが、死ぬよりはマシと考えたようだ。

 降伏の無線を日本軍に打ってから、攻撃が停止するまでの約5分間。
 その5分間は、彼らにとって5時間以上に感じられたことであろう。

「長官」

 艦橋で一休みしていた大神長官に、神御参謀長が話しかけてきた。

「何だ?」

「少し古い情報なのですが、ハワイから新しい米艦隊が出港したとのことです。ハワイ近辺を哨戒中の潜水艦がそのように報告しました」

 ハワイやアメリカ本土近辺には哨戒潜水艦が配置されている。

「そうか。それで、攻撃したのか?」

「いえ、少し距離が離れていたのと、警戒が結構厳重だったため攻撃はしなかったそうです。空母もスクリュー音からして、艦隊内にはなかったらしく、旧式の戦艦を中心にした部隊だったとか」

「ふーむ。その艦隊は一体どこにいったのだろう?」

「まだ何とも言えませんが、まさか旧式戦艦だけでこの艦隊に向かってくるとも考えづらいです。自分の考えとしては米本土の方へ改装にでも向かったか、もしくは別の部隊と合流をするために出港したのかと思っていますが」

 報告を受けた大神長官は考え中のようだ。
 そして自分の疑問点について話し始める。

「しかし、旧式戦艦など他の艦と比べれば鈍足でしょうがないだろう。せいぜい21ノットぐらいしか速度が出ないだろうしな。合流をすればかえって足手まといになる」

 敵艦隊には旧式戦艦だけでなく、巡洋艦や駆逐艦が多数含まれていることも報告されていた。

「自分もそう思います。ひょっとしたらこの戦艦部隊は後衛で、まず他の敵空母部隊がわれわれを攻撃してから、戦艦の主砲でトドメを刺そうという魂胆なのかもしれません」

「ということは、他にも敵部隊がいる可能性もあるな。現在そのような報告は?」

「いいえ、ありません。したがって米本土に向かった可能性が高いと判断しました。まあ、旧式戦艦がいくら束になってかかろうとも、この艦隊に傷をつけることなど不可能でしょうが……」

「確かにその艦隊も気になるが……一応の警戒だけはしておこう」

 そう言いながら、大神は外を見た。
 外では激しくスコールが甲板をたたき続けている。

 風はすさまじく波も高い。
 雷鳴もあちこちで響いていた。
 さながら嵐のようである。

「今日も激しく降っているな……」

「ええ。ガ島戦が1段落していてよかったです。これほどの大雨では、さすがに航空機も発艦出来ないですしね。最近は季節柄こんな天気が多いです。それでもそんなに長い時間は降り続かないから助かるのですが」

「…………」

 大神長官はまた考え中に入ったようである。

(まさかこの雨に紛れて……いや、そんなことがあるはずがない。これほどの大雨では敵艦隊も砲撃できはしない。不用意なことを口にして、無駄に乗組員を緊張させる必要もないだろう)

 雨はさらに激しさを増していた。
 巨艦が少し揺れる。

(それにしてもあの2人、いや参謀長の反応からして3人がこの艦に乗っているとはなあ。この作戦が1段楽したら、久し振りに彼女達に会いに行ってみようかな)

 大神長官の考えをよそに、ガ島攻防戦は終結を向かえた。

 艦隊は『米欧遮断作戦』を継続。
 次の目的地はサモア・フィジー島。
 SF作戦である。

 その頃、キンメル中将率いる戦艦部隊――

「日本軍め、見ていろ! 必ず貴様らを仕留めてやる!」

 順調に第5艦隊のいるソロモン諸島へ向かっていた。
 両軍激突まで、まもなくである。


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